タニワキコラム

デジタル政策について語ろう

プラットフォームの中立性

 

 2019年7月23日、米国司法省はプラットフォーマーと呼ばれる巨大IT企業が反トラスト法(独占禁止法)に違反して市場競争を阻害しているかどうかについての調査を開始すると発表した。今回は、プラットフォーマーのデータ独占についてどのような対処法があり得るのか、いくつかの文献を基に議論を整理してみたい。

 

プラットフォーマーの持つネットワーク効果

 プラットフォーマーのビジネスモデルはネットワーク効果を持つ。ネットワーク効果というのは、プラットフォームの利用者が増えるほどSNS上で友達を増やしたり、より多くのコメントが投稿されることで利便性が高まり、さらに利用者が増加する効果(直接的ネットワーク効果)をいう。

 また、間接的なネットワーク効果も存在する。プラットフォーマーは「両面市場」(物を購入するなどの利用者の市場と物を販売するなどの事業者の市場という2つの市場がプラットフォームをサンドイッチのように挟んで機能しているという意味)と呼ばれる特徴を持っているが、これは利用者が増えるほどたくさんの顧客データを集めることができるため、より多くの販売者がプラットフォームに集まる。より多くの販売者が集まると選択の幅が広がり、利用者の利便性が高まることから利用者の数が増加すること、つまり間接的なネットワーク効果を意味する。

 そして、こうした直接的または間接的なネットワーク効果を通じてプラットフォームは巨大化し、独占性を高めることになる。こうした独占性は国境を越えてサービスを提供することでスケールメリットを最大化できるし、取り扱っているデジタル商材は限界費用ゼロで複製可能であることからスケールメリットを一層効果的にすることも可能だ。

 

プラットフォーマーの市場独占性と価格要素

 それではプラットフォーマーはデータを独占することで市場の競争を阻害しているのだろうか。その判断は一筋縄ではいかない。それは従来の独占禁止法の考え方とは大きく異なる点があるからだ。従来の独占禁止法の世界では、ある商品・サービスの市場を特定(画定)し、その市場の中で価格を支配する力を持っている事業者が存在している場合などに独占力(市場支配力)を認定し、排除命令などによって市場競争を回復させることが一般的だ。

 しかし、プラットフォーマーの場合、市場の範囲が至極複雑かつ多様であり、検索、SNS電子商取引のほかにも、携帯OS(iOSやアンドロイド)や独自コンテンツの製作(アマゾンなど)に至るまで多岐にわたる。このため、市場の画定を行うことが難しい。しかも、ある市場で得たデータを別の市場で利用するなど、従来の市場の枠を越えてデータを活用することも行われている。これは投入財であるデジタルデータの複製(利用)コストがゼロであるという点が有利に働いている。加えて、価格を支配するだけの市場支配力を持っているかどうかという点でみても、フェイスブックやグーグルのサービスは利用者向けには原則無料で提供されているため、市場(価格)支配力の認定を行うことがそもそも難しい。

 この市場支配力の認定については、近年、価格だけが見るべき要素ではないという見方が有力になってきている。例えば、冒頭触れた米国司法省のデラヒム司法次官補は「利潤最大化のための価格がゼロであるデジタル市場においては、特に価格要素だけで市場のダイナミクスの俯瞰図を描くことはできない」とした上で、イノベーションの阻害、例えば新しい技術を市場に送り出そうとする新興企業の買収や、プライバシーの侵害のようなプラットフォーマーの提供するサービス品質の信頼性なども問題になり得ると指摘している。また、本来、市場メカニズムは価格のみを市場のシグナルとして需給の調整(マッチング)が行われてきたが、プラットフォーマーは商品・サービスに対する好みなど様々な非価格的なデータも駆使してマッチングを行うようになってきていることから、価格のみならず非価格要素を市場支配力の有無を検討する際の評価軸として持つことが重要となってきている。(V.マイヤー・ショーンベルガー&T.ランジ「データ資本主義」(2019年3月、NTT出版)つまり、市場支配力の認定に際してはプラットフォーマーがどのようなデータをどれだけ保有し、これを活用することで需給のマッチング力を強化し、競合他社が持ち得ない事業の優位性を獲得しているかどうかがポイントになる。

 

領域を越えたデータ市場に着目

 それでは前者の「市場の範囲が至極複雑かつ多様であって市場の画定が困難」という点についてはどう考えることができるだろう。プラットフォーマーの強みは利用者から獲得する膨大なデータにある。これらのデータの収集・加工・分析によってプロファイリング(個人の趣味嗜好のモデル化)を行い、最も適した商品のレコメンドを提示したり、最も好まれるコンテンツをタイムラインに表示することができる。また、こうしたデータは量だけが競争力の源泉ではなく、データの範囲の広さ(より多くの領域のデータを収集していることが強みになる)やフィードバック(プラットフォームが利用者に提示した商品やコンテンツに対する利用者自身の反応、例えば「購買行動に結びついた」や「いいね!」ボタンを押したという行動結果)も貴重なデータとして蓄積される。整理すると、プラットフォーマーのデータ収集の強みは、データの量、範囲、フィードバックの3つの要素が重要であるとの指摘がある(前掲「データ資本主義」)。

 とすると、個別の市場ごとに市場を画定して市場支配力をみるのではなく、様々なサービスを提供することによってプラットフォーマーが蓄積するという意味で、領域を超えた「データ市場」における市場支配力を検証するということが必要になってくる。ただし、「データ市場」そのものの外縁を画定することもまた難しい。このため、プラットフォーマーの売り上げ規模、利用者のロックインの状況などの要素と蓄積データ量の関係から市場支配力の有無を導出する手法を開発することが必要になるだろう。

 プラットフォーマーの収集するデータはもともと利用者個人が提供したデータであるが、これらのデータをビッグデータ化する際に市場支配力が生まれる理由は何だろうか。

 それは一つひとつのデータが持っている価値よりも集積されたデータの方がより価値が大きいからに他ならない。複数のデータを組み合わせることで「今まで見えなかったものが見えてくる」という意味で新たな価値が生み出されるし、その可能性はデータの量・範囲・フィードバックが大きいほど高まることになる。したがって、ビッグデータを持っている巨大なプラットフォーマーになればなるほどデータの価値を生み出す能力や需給のマッチング能力が高まり、これを燃料として直接的または間接的なネットワーク効果を効かせて市場支配力を高めることが可能になる。

 

市場支配力を打破するための対策

 ではこうして生成された市場支配力を打破し、競争阻害の要因を取り除くにはどうすればよいだろうか。一つには市場支配力のあるプラットフォーマー保有しているデータを他のプラットフォーマー等に移転することができるデータポータビリティ(持ち運び可能性)を高めることが考えられる。そのためにはデータの相互運用性を高めるための環境整備を進める必要がある。(英国財務省「データの経済的価値」(2018年8月)【注1】)

 事実、そういう動きも出てきている。例えば、2018年7月、フェイスブック、グーグル、マイクロソフトフェイスブックツイッターの4社は、データを他社のサービスに直接移転できるようにする取り組みである「データ・トランスファー・プロジェクト」を発表している(最近、アップルも本プロジェクトに参加)。そして、市場支配力が無視し得ないほど大きいプラットフォーマーの場合、蓄積したデータのオープン化を行い、他のプラットフォーマーにもデータを利用することを認める必要がある。

 こうした観点から、総務省経済産業省公正取引委員会が公表した報告書においても、データの移転・開放のルールの在り方について、その手法を含め様々な観点から議論が行われている。具体的には、①現在利用しているプラットフォーマーAの保有する個人データをいったんダウンロードして、これを新たに利用しようとしているプラットフォーマーBに提供する手法、②利用者の指示に基づき、AからBに対してデータの複製を行う手法、③AのAPIを開放し、利用者の指示に基づき、BがAPI経由でAの保有するデータにアクセスする手法などが例として上げられている。(デジタルプラットフォーマーを巡る取引環境整備に関する検討会~データの移転・開放等の在り方に関するWG「データの移転・開放等の在り方に関するオプション」(2019年5月)

 本報告書では、上記で述べたデータ開放策をどのプラットフォーマーに適用するかという点についても言及されており、市場支配力の有無や利用者のロックインの程度などを評価軸にして適用することを提案している。この点、前掲「データ資本主義」ではより強い選択肢を提案している。すなわち、市場の集中度が高まることにつれて競争阻害要因がより深刻になることを踏まえ、市場集中度の高まりに対応してデータ共有命令がより強力に稼働する仕組みとして、「累進型データ共有命令」という仕組みを提案している。これは企業の市場シェアが例えば10%を越えた場合に命令が行われ、適用対象企業は他の競合企業から要求があった場合には自社のフィードバックデータから一定量をランダムに選択し、これを提供しなければならないというものだ。

 データの移転可能性という点について、日本経済研究センターの岩田一政理事長は「デジタル資本主義が“良い社会”を実現できるかは、プライバシー保護を基礎とした個人によるデータの制御可能性を高め、データの価値に関する透明性向上が出発点になる」としつつ、加えて、「個人情報の“忘れられる権利”や自分のデータを持ち運ぶ“データポータビリティ”の確立のみならず、情報銀行の活用や個人がAIやデータを活用するプロセスで新たな価値創造に積極的に参加し、その努力の成果に見合った報酬が得られる仕組みが構築できるかが問われている」と指摘している。(岩田一政「エコノミスト360°視点~デジタル課税は関税か配当か」(日本経済新聞(2019年6月28日))

 

アルゴリズムの閉鎖性をどうみるか

 さらにデータの量・範囲・フィードバックだけではなく、これらのデータを基に開発されたアルゴリズムプラットフォーマーの独占性を高めているという指摘もある。プラットフォーマーが市場支配力を用いて強力なアルゴリズムを開発し、これを梃子にして更に利用者や企業を自らのプラットフォームに誘因するというメカニズムが働くのであれば、アルゴリズムそのものの透明性や説明責任の是非についても検討を加えることが必要になるだろう。この点、英国上院の報告書では、「データが収集されることを利用者がよりコントロールできるよう、一層の透明性が必要」であり、「アルゴリズムの利用を含むデータ利用の透明性が確保されることが必要」と指摘している。(英国上院「デジタル世界における規制」(2019年3月)【注2】)

 

プラットフォームの中立性

 データの活用時に注意を払わないといけないのは、個人情報保護の視点である。オープン化するデータが匿名化されたデータでなければ個人情報の第三者への提供となり、個人の許諾を得ていない場合は個人情報保護法に違反する行為となる点にある。また、十分な匿名化措置が講じられていない場合、オープン化されたデータを他のプラットフォーマーが利用するとして、そのプラットフォーマーがすでに保有しているデータと結合させて個人の属性を再び識別できるようにする再識別が可能となり、その結果、個人が特定されてしまう可能性がある点にも留意が必要だろう。

 このようにデータを独占しているプラットフォーマーを巡る議論が欧米はもとより我が国においても様々な観点から行われるようになってきている。競争法のような法規制によって市場の健全性を維持していくのか、あるいは緩やかな規律原則を国が定め、この規律原則に基づく運用方針をプラットフォーマーが自ら規定・運用する共同規制型のアプローチが望ましいのかという「規制の手法」に関する議論も必要だ。

 プラットフォーマーのデータ独占やデータ開放・アルゴリズムの透明性の確保といった検討課題は、プラットフォームという存在の中立性をどう担保するのかという「プラットフォームの中立性」とでもいうべき議論になっていくのかも知れない。(本稿中意見にわたる部分は筆者の個人的見解です)

 

 【注1】HM Treasury (UK) “The Economic Value of Data” (August 2018)

【注2】Select Committee on Communications, House of Lords (UK) “Regulating in a Digital World” (March 2019)

 

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