タニワキコラム

デジタル政策について語ろう

デジタル時代の経済的価値を考える

 社会のデジタル化が進むと、データが「経済システムを循環する血液」となり、データの生成・蓄積・解析・活用が新たな経済的価値を生み出す「データ主導社会」が到来する。これまでの資本主義においては有形資産を活用して新たな価値が生み出されてきた。例えば企業は大規模な資金を投入して製造機械を購入し、大量の労働力を投入してモノを生産してきた。統一規格の商品を大量に生産し、これを大量消費することで経済成長を実現してきた。しかしデジタル時代となり、有形資産に代わり無形資産の重要性が相対的に高まってきている。目に見えない無形資産の中核をなすのがデータだ。

 有形資産の場合、需要が増加すると設備投資によって生産力の増強を図る必要がある。さもないと超過需要が生まれ製品の価格が上昇することになる。ところが、無形資産の場合、新たに資産を生み出すための追加費用(限界費用)は限りなくゼロに近い。データを生み出すために製造機械に新たな投資を行う必要はないからだ。つまり無形資産の生産には限界費用がほとんどかからず、超過需要が生まれたとしても無形資産の価格が上昇することはない。つまり価格が需要と供給を調整するという伝統的な市場メカニズムが働かなくなる。

 その場合、「どの程度需要が存在しているのか」ということを知るにはビッグデータを解析して需要量を予測することとなり、価格水準を気にすることはなくなる。無形資産は費用をかけることなく生産量を自由に調整することができ、一律の価格ではなく需要者の特性に応じてきめ細かく価格設定を行うダイナミックプライシングも可能になる。

 工業化社会においては大量生産や大量雇用を前提としつつ生産拡大局面においては賃金上昇が生まれ、労働分配率を上昇させてきた。しかし、無形資産の場合はデータが一部の企業に集積される富の集中が起こり、労働分配率は上昇しない。しかも、個人がプラットフォーマーに対して個人情報を提供する代わりに無料のサービス提供がなされているが、個人情報の価値とサービスの価値が等価である保証はない。個人情報の価値がサービスの価値(利用者にとってゼロ円が下限値)を上回っている場合、より多くの便益をプラットフォーマー側が享受している可能性がある。つまり、データを生み出す個人にはプラットフォーマーから十分な利益還元が行われておらず、プラットフォーマーに超過利潤が発生していることになる。

 デジタル社会はGAFAに代表される一部企業(プラットフォーマー)への富の集中を生み出し、無形資産を生み出す個人への利益還元や人的資本の価値の向上(人的投資)を生み出さなくなってしまう可能性がある。

 一部企業への富の集中が起こるデジタル社会においては寡占的な市場構造を生み出し、さらなる超過利潤を蓄積する負のスパイラルを通じて過剰貯蓄をもたらし、金利は長期間にわたって低水準にとどまることが考えられる。

 その結果、デジタル経済における技術革新が生産性の向上につながらなくなり、低成長、低金利、低インフレが続く。巨額の設備投資を必要としない無形資産による価値の創造が行われる結果として、モノの需要が物価を押し上げる力が一段と弱体化する。

 こうした無形資産は経済統計には、ソフトウェアなどを除き、ほとんど表れない。従来の資本主義における経済統計は有形資産をベースにしてきたからであり、デジタル化に伴うデータ主導社会への移行がどのような経済的なインパクトをもたらすのかについて、定量的に分析可能な状況になっていない。無形資産の持つ経済的価値を計測する試みを今後も継続し議論を深化させていくことが求められる。

 データの経済的価値を最大化するという観点からは検討すべき課題も多い。例えば以下のような検討項目が挙げられる。

 第一に、各国で議論されているように、大規模なプラットフォーマーに対する公正競争確保のための措置が求められる。フォルーハー(参考文献(9))が指摘するように、「デジタル取引の世界ではサービスを利用した対価を「個人データ」という新たな通貨で払う」のであり、「規制当局は消費者にとって低価格かを基準に「市場が効率よく機能しているか」と単純に判断するのをやめ始めた。そうではなくデジタル市場は「勝者総取り」の世界だと理解し始めた」のだ。こうした世界では競争を価格と産出量を基に判断し、低廉な料金で提供されている限り消費者余剰の最大化が図られていて競争的であるという伝統的な理論は必ずしも有効ではない。Kahn(参考文献(2))が指摘するように、コストを下回る価格設定を継続して利益よりも成長を実現することで市場支配力を獲得することがあり得る。前掲の無料によるサービス提供は究極の競争状態が実現しているのではなく、無償で得られる個人情報の価値が提供サービスの価値を上回っており、競争阻害的な市場環境にある可能性が指摘される。また、複数の市場領域で事業展開をするプラットフォーマーの場合は市場の境界を越えた複数領域の大量のデータ獲得によって他の事業者が当該プラットフォーマーに依存せざるを得ない状況を生み出し、市場支配力をより強いものにする。しかも、蓄積されたデータは幾何級数的に増加し、かつ領域を越えたデータ収集によりデータの価値が増加したり、ネットワーク効果を通じた市場支配力のさらなる強化を招く可能性がある。

 第二に、データが円滑に市場で流通する環境整備も重要だ。データに代表される無形資産の特徴の一つは「非競合財」としての価値を持つ。つまり、データの「繰り返し使用」が可能である。しかし、大量のデータをプラットフォーマーが囲い込むことで多くの市場参加者による「繰り返し使用」が阻害される可能性がある。データ流通の促進は、上記のプラットフォーマーに関する公正競争確保のための措置と併せて検討を進めるべき課題だ。例えば、データを共有したり他の企業に移転するための仕組み作りとして、情報銀行(第三者に自分の情報の活用方針を委ねる仕組み)やデータ流通市場の育成、利用者が主導するデータ持ち運び(ポータビリティ)制度の確立、国外にデータを持ち出すことを制限するデータローカライゼーションを排除し、国境を越えてデータが自由に流通する国際的なルールづくり(例えばトラストサービスに係るルールの国際的整合性の確保)などを行う必要がある。

 第三に、無形資産を生み出すためのメカニズムとして、政府は研究開発や人材育成(教育)に集中的にリソースを投入していくことも求められる。内閣府(参考文献(6))によれば、特に我が国の人材はIT産業に集中している(非IT産業におけるIT人材比率は27.7%)。非IT産業におけるIT人材の育成は、米国(同64.5%)や英国(同53.9%)並にその比率を引き上げるための人材育成策を講じることによって、幅広い領域においてデジタル技術を活用した効率性の向上や新事業の創出が実現することが期待される。(本稿中意見にわたる部分は筆者の個人的な見解です)

 

【参考文献】

(1) George J. Stigler Center for the Study of the Economy and the State & The University of Chicago Booth School of Business, “Stigler Committee on Digital Platforms : Policy Brief,” September 2019 https://www.chicagobooth.edu/mwginternal/inet2/progress?id=O1O-YMRtT3HxHbqA3W9biXVjQn2vYs_GnYFm5PLd1k4,&dl

(2) Lina M. Khan, “Amazon’s Antitrust Paradox,” Yale Law Journal, vol. 126, 2017

https://digitalcommons.law.yale.edu/mwg-internal/inet2/progress?id=ZsVj-zE4vp3Sf08hWcJNIC0M-lQMcbX2VRpcHoLVFtk,&d

(3)岩田一政「データ経済における政策課題」、総務省「情報通信政策研究」(第4巻第1号)、2020年12月、https://www.soumu.go.jp/main_content/000719091.pdf

(4) 岩田一政編「2060デジタル資本主義」、日本経済出版、2019年

(5) ジョナサン・ハスケル&スティアン・ウェストレイク「無形資産が経済を支配する」、東洋経済新報社、2020年

(6) 内閣府「令和2年度年次経済財政報告」、2020年11月

(7) 日本経済新聞社編「ネオ・エコノミー」、日本経済出版、2019年

(8) ラナ・フォルーハー「邪悪に墜ちたGAFA」、日経BP社、2020年

(9) ラナ・フォルーハー「フェイスブック提訴の意味」日本経済新聞朝刊7面, 2020年12月18日