タニワキコラム

デジタル政策について語ろう

インターネットの自由2023

 2023年10月、米国NGO(非営利団体)のフリーダムハウスは「ネット上の自由(Freedom on the Net)」と題する報告書の2023年版を公表した[1]。「人工知能の弾圧的な力(The Repressive Power of Artificial Intelligence)」と副題を付された今回の報告書は、2022年6月から2023年5月の間に観察されたネット上の規制や取り締まりの数々を集約し、世界70か国の状況を85名を越えるアナリストらが分析したものだ。今回13回目となる報告書は、評価項目が安定的・網羅的であり、ネットの自由度について定点観測を行う上での貴重な材料になっており、本コラムでは2021年[2]及び2022年[3]の報告書についても随時取り上げてきている。

 

  さて、報告書は世界70か国を調査対象とすることで、ネット利用者(約45億人)の88%をカバーしている。報告書では、各国ごとにネット自由度を100点満点でスコアリングしているが、世界全体の傾向として、ネットにおける市民の活動が「自由」(20%[20年]→21%[21年]→18%[22年]→17%[23年])あるいは「部分的に自由」(32%→28%→34%→35%)の数値をみると大きな変化見られず、また両者を合計した比率は過半にとどまっており、対象国の約半分が「自由」または「部分的に自由」であるという状況(52%→49%→52%→52%)に大きな変化はみられない(下図の円グラフを参照)。

 

 個別に状況をみると、評価の高い国、つまりネットの自由度が高いと認められたのはアイスランド(94点)、エストニア(93点)、カナダ(88点)、コスタリカ(85点)の4か国が80点を上回っており、これは昨年の調査とほぼ同様の結果。この4か国に、英国(79点)、台湾(78点)、ドイツ・日本(77点)、豪州・フランス・ジョージア・米国(75点)と続いており、日本は世界第7位という状況にある。また、アジア太平洋地域全体で見ると、既に述べたように台湾、豪州、日本の自由度が高い一方、タイ(39点)、パキスタン(26点)、ベトナム(22点)、ミャンマー(10点)、中国(9点)が自由度が低いとされていて、特に中国は9年連続で最下位(最もインターネットの自由がない国)と評価されている。また、ロシアも引き続きスコアを落として21点にとどまっている。

 

    国(政府)によるオンライン上の監視行為を俯瞰してみると、70か国中55か国においてオンライン上での発言によって逮捕・収監される事例が観察されており[4]、同じく47か国においてオンラインでの議論を国が恣意的に誘導する試み(例えば政府系コメンテーターの登用と世論操作)が行われている[5]。さらに、世界のネット利用者の46%が暮らす国では政治的な理由によりインターネットやモバイル網が切断されている[6]

 

 

 さらに、各国ごとにネット上における検閲(政治的・社会的・宗教的な理由によるコンテンツの削除やアクセス不可の措置)の状況(上図)をみると、「インターネット接続を規制」している国が16か国、「ソーシャルメディアをブロック」している国が22か国、「ウェブサイトをブロック」している国が41か国、「VPNを規制」している国が19か国、「コンテンツの削除」を行っている国が45か国となっており、これまでにない規模でオンライン規制が行われるようになっていることが伺える。

 

  特に今回の報告書では、冒頭紹介した副題「人工知能の弾圧的な力」にもあるように、近年急速に進化しているAIがもたらしている負の影響について大きく取り上げている。具体的には、報告書の冒頭において、「AIはオンライン上の人権に関わる危機を急速に拡大」しており、AIによる偽情報の自動生成、より洗練された監視システムなど、AIをはじめとするデジタル技術によって「自動化されたシステムを通じて政府が一層詳細かつ仔細にオンライン上で検閲することを可能としている」と指摘している。

 

 より具体的には、AIをベースにしたツールを使って政治的・社会的な事象について情報を歪める行為は16か国で認められたとしており[7]  、こうした状況を踏まえつつ、報告書は「すでにAIがデジタル弾圧(digital repression)に貢献するようになっており、デジタル時代において人権を守るためにはAIの規制の枠組みが早急に確立されなければならない」としている。

 

 こうした問題意識は多くの先進国では急速に共有されるようになってきている。2023年5月のG7首脳会議を受けた広島AIプロセスの進展、EUにおけるAI法制定の動き(同年6月に欧州議会において規則案を採択)、同年10月に発表された米国大統領令(Executive Order)など、AIガバナンスを確立するための取り組みが多数行われている。AIの進化があまりにも早いことから、サイバー空間における利便性、セキュリティ、プライバシーという3つの要素で構成されるトライアングルの適正なバランスが崩れて歪な形になることが懸念されており、各国の取り組みは3つの要素をいかに制御するかという点で苦労している状況にあると理解できる。

 

 

 しかも、今回の米国大統領令に見られるように、AIシステムのリスク評価(red teaming)を行う際の基準策定や評価手法や官民の情報共有のあり方など、具体的な運用部分に制度の成否を決める部分が含まれていること、また、AIガバナンスのあり方については国際的な制度の整合性が求められること、加えて、AIというシステムが競争的環境で運用される状況を確保するための施策(現在のAI、とりわけ大規模言語モデル(LLM)はプラットフォーマーが担っている比重が大きい)など、多様な観点から具体的に考えるべき点も多い。

 

 今回の報告書は、「インターネットの自由」から現実が離れつつある中、AIの進化がその状況をさらに悪化する方向で加速化するのか、それともAIガバナンスの確立によって「インターネットの自由」を維持する方向に働くのかという分岐点に我々が立っているという問題提起となっている。

 

[1] Shahbaz, Funk, Slipowitz, Vesteinsson, Baker, Grothe, Vepa, Weal eds. “Freedom on the Net 2023”, Freedom House, 2023

[2] 谷脇康彦「インターネットの自由2021」(2022年1月31日)

[3] 谷脇康彦「インターネットの自由2022」(2022年12月8日)

[4] 報告書P4。

[5] 報告書P10。

[6] 報告書P6。

[7] 報告書P10