タニワキコラム

デジタル政策について語ろう

データの経済的価値

 

 情報通信技術の活用は経済成長をもたらす。例えば平成30年情報通信白書(18年7月)によると、ICT分野における技術革新、資本の増加、労働力の投入の3つの要素を通じ、生産性が向上し、経済成長を生み出しているとしている。しかし、従来の経済統計ではデータの価値を定量的に取り扱うことを想定していない。総務省懇談会における岩田一政構成員(日本経済センター理事長)の資料(19年4月)によると、「これまでの経済学ではデータは主に資本に付随するものとして扱われてきた」が、今では「価値を生み出す“新たな資産”として位置づけられるべきものになった」としており、「生産に用いられる資産(生産要素)として、データと資本を分離し、それぞれの生産性向上への貢献を継続すべき」としている。

 

 この点は前掲の情報通信白書においても問題意識が述べられている。具体的には、「新しいサービスにより創出された付加価値が現行統計で捉えきれていない」という状況にあり、「無形資産についても研究対象とされている無形資産の概念は会計的に認識されている項目より幅広いため、まとまった資産項目として把握することが難しく、定義上の限界や計測の限界があり、国際的な課題である」という指摘を紹介している。つまり、世界経済フォーラムが「データは21世紀の石油である」と指摘する”データの重要性”は広く一般に認識されるに至っているものの、”データの価値”を経済的に算出することが現在の枠組みでは不可能であり、その結果、データの価値が過小評価されているということができる。

 

 データの経済的価値を正しく評価していくためには様々な課題があり、国際的な連携や共同研究などを実施していく必要がある。そして、こうしたデータの経済的価値を計測する上で重要な取り組みも少しずつ生まれ始めている。

 

 例えば、情報流通市場の取り組みがある。データの需要側と供給(提供)側が参加するデータ交換のための市場を作ろうというものだ。これにより、どのようなデータがどの程度の価値があるのかについて需給バランスを通じた価格形成が進む可能性がある。その際、データ単体での価値のみならず、データが連結することで生み出される付加価値が定量的に捉えられる可能性がある。

 

 これとは別に情報銀行という取り組みも進んでいる。これは個人などが自らの個人データを情報銀行に預け、自らの運用方針に基づいて第三者に個人データを提供する仕組みだ。こうした取り組みを進めていく上での隘路の一つとなっているのが、個人によるデータ提供に対する対価の支払いである。ポイントによる還元、様々なサービスの無料利用などの特典を個人に還元することが考えられるが、仮に個人データの価値が経済的価値として客観的に評価されるようになれば、個人データの提供の見返りとしてどのような対価を提供するべきかという点について、より客観的に示すことができるようになる可能性がある。

 

 データの価値というものは個人データに限られない。例えばスマートシティという取り組みが各地で行われている。街中に設置したセンサー類を通じて人や車の流れ、CO2排出量、ゴミの蓄積量など様々なデータを収集し、これを基に都市経営の効率化や都市機能の高度化を図っていこうという取り組みだ。しかし、こうしたスマートシティの取り組みにおいて、スマートシティによって生み出される経済的価値がどれだけなのか、どこまでスマート化すれば所期の目的を達成できたのかという評価基準が定まっておらず、このため、スマートシティへの取り組みについて地域住民等の理解が得られにくいという問題がある。例えば街中のゴミ箱のゴミ蓄積量をセンサー経由で把握し、このデータに基づいてゴミ収集車の収集ルートの最適化を図ることができる。その際、最適化する前のコストと最適化後のコストを比較することでコスト削減効果を客観的に示すことができる。しかし、こうした取り組みはコスト削減効果のみを示すものであって、付加価値の創出がどの程度行われているのかまではわからない。仮にデータの価値が図ることができれば、スマートシティにおいて収集されるデータの客観的な価値を推計し、スマートシティの構築・運営コストと比較することで付加価値を推計することが可能となり、スマートシティの取り組みがさらに進むことも期待されるだろう。また、欧州におけるスマートシティのプロジェクトを見ると、スマートシティで収集されるデータの取引市場を同時に作り、データ販売収入をスマートシティの運営に充当することでスマートシティのサステイナビリティを上げようという取り組みも一部で行われている。

 

 さらに、昨今議論が活発化しているGAFA等のプラットフォーマーを巡る議論にも貢献するだろう。プラットフォーマーは膨大なデータを収集しており、これを梃子に市場支配力を濫用しているとの指摘もある。しかし、プラットフォーマーがデータを蓄積することでどのような市場支配力を持つに至っているのかについて客観的に分析することは現状ではかなり難しい。データの経済的価値を算定し、これに基づきプラットフォーマーの資産価値を推計することができれば、これを基に市場支配力の濫用の可能性などを客観的に分析することも可能になってくるかも知れない。

 

 データが価値創造の中心を担うデータ主導社会の実現に向けて、データの経済的価値をどのように計測するのか。この問題の解決には多くの時間と労力を要すると思われるが、多くの専門家の知恵を集めて解決策の提示や国際的なルール作りに取り組んでいくことが必要だろう。(本文中意見にわたる部分は筆者の個人的見解です)

 

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