タニワキコラム

デジタル政策について語ろう

デジタル政策を考える

 

 近年「デジタル政策」という言葉が使われることが多くなっている。本稿では、従来「通信政策」や「情報通信政策」と呼ばれることが多かった領域において、「デジタル政策」として捉えようとする議論の範囲、「デジタル政策」としての分析の視点などについて考えてみたい[1]

 

デジタル政策の射程

 

 本稿で取り上げる政策領域の変遷は「通信政策→情報通信政策→デジタル政策」というステージで捉えることができる。図1に示すように政策領域を4つのレイヤー(端末、ネットワーク、プラットフォーム、データ)に分けた場合、1985年の通信自由化(競争導入)以降、政府が関与する(何らかのルール形成が行われる)政策領域は次第に上位のレイヤーへと拡張してきた。

 

 具体的には、通信自由化の際に電電公社(NTT-PC)が民営化され、民営化後のNTTと新規参入した複数の競争的通信事業者との間の公正競争を確保することが喫緊の課題となった。これを受け、設備競争(facility based competition)とサービス競争(service based competition)という2つの競争モードを並走させつつ、特に後者のサービス競争の分野では地域通信市場においてボトルネック設備を保有するNTT(現在のNTT東西)の地域通信網を競争的事業者に公正かつ透明な条件で開放する接続ルールの策定などの施策が展開された[2]

 

                  【図1】

 

 その後、1990年代に入り通信技術とコンピュータ技術が統合されたインターネットの民間開放が進み、ISP(インターネット接続事業者)が登場するなど、ネットワーク上で事業展開する回線非保有の事業者の数が大きく増加した。併せてブロードバンドサービスが登場し、回線交換網(PSTN : Public Switched Telephone Network)からIP網への移行が始まるなど、この頃からweb1.0の事業モデルが普及し始め、コンテンツ関連を含む広い分野を対象領域とした情報通信政策という枠組みが形成されるようになり、同時に情報通信技術の利活用や利用者保護の観点からの議論も多くなった。

 

 その後、web2.0の事業モデルが多数登場することになった。利用者側も情報発信を行う双方向型のweb2.0の事業モデルが普及する中、利用者と企業の間をつなぐ仲介役としてGAFAに代表されるプラットフォーマが登場し、政策領域はさらに上位に拡張することとなった。プラットフォーマの登場により、データが経済的な価値を持つ存在としてクローズアップされるとともに、少数のプレーヤーによるデータの寡占が市場競争を阻害し富の集中を招いているという議論を生み出すことになった。このように、「通信政策→情報通信政策→デジタル政策」という政策領域の変遷の中で、議論の対象となる領域は次第に拡張するとともに、幅広いレイヤーにまたがる議論が行われるようになっている。

 

デジタル政策とデータ連携

 

 前述のとおり、デジタル政策の議論においてはデータの収集・蓄積・解析・活用が社会経済システムの運用において効率性や付加価値の向上に大きな役割を果たすということが前提となる。従来の情報通信政策(例えば2003年のe-Japan戦略II[3]が代表例)においては、図2に示すように、各領域(内側の破線で囲まれた四角型)、つまり行政、医療、教育など個別分野ごとの情報化(デジタル化)に力点が置かれていた。しかし、デジタル技術が「モノのサービス化[4]」などを通じて旧来の業態の枠を壊すものであることを考えれば、デジタル政策は従来の業態の枠を越えたデータ連携を実現するための仕組みづくりが焦点となる。すなわち、領域ごとの系(system)を超えた複数の系の連携(相互作用)によって、一つの仮想的な系(system of systems)のように振る舞うこととなる[5][6]

 

                  【図2】

 

 このように、「通信政策→情報通信政策→デジタル政策」という政策領域の変化により複数のレイヤーに垂直方向に広がる政策領域の拡張と、データの役割を重視する中で業態を越えて水平方向に広がる政策領域の拡張という、2つの政策領域の拡張を観察することができる。そして、これが既存の産業の枠内におけるデジタル技術の活用を意味する”digitization”ではなく、デジタル技術の活用による業態の壁の打破(新事業の創出)をもたらす”digitalization”への転換につながっている。

 

デジタル政策における中立性

 

 次に政策議論における中立性(neutrality)原則について見てみたい。政策立案に際しては特定の組織・団体に与する優遇的な取り扱いが政策における中立性を欠くことは論をまたない。では政策における中立性とは何か。通信政策において語られてきた中立性原則は技術中立性(technology neutrality)と競争中立性(competition neutrality)である。前者の技術中立性とは、文字通り、特定の技術を他の技術より優遇しないというものである。

 

 これに対し、後者の競争中立性は複数の事業者を同等に取り扱うことを指す。ただし、市場支配力を持つ特定の事業者に対して追加的な規制を課すドミナント規制(非対称規制)は合理的な理由に基づくものであり、競争中立性を阻害するものではない。むしろ、市場支配力を持つ事業者とそうでない事業者との間の公正競争を確保するための手段として競争中立性を確保するために機能している。

 

 上記の技術中立性と競争中立性に加え、情報通信政策を巡る議論にネット中立性(net neutrality)という第三の中立性の考え方が登場してきた(図3)。これはインターネットサービスを提供するISP間または同サービスの利用者間のコスト負担などについて中立性(コスト負担などの公平性)が確保されているかどうかを議論の対象とする。例えばインターネットのヘビーユーザとライトユーザが存在しており、大量の帯域を消費するヘビーユーザーの帯域を制御しないと他のユーザーにも大きな影響が出る場合、消費する帯域の比率に沿って帯域制御(traffic shaping)を行うことが中立的といえるかどうかという議論である[7]。この場合、同じレイヤーに属するインターネット利用者間の公平性が議論の対象となっている。これに対し、ISP間のコスト負担の公平性という場合、コンテンツプロバイダと直接契約している上位ISPトラフィックの一部を下位ISPに流したとして、上位ISPはコンテンツプロバイダから支払われた料金の一部でルーター設備の増強を図ることができるが、上位ISPとトランジット契約をしている下位ISPは、上位ISPのようにルーター機能の増強を図ったとしても何ら対価が支払われない。

 

 このように、ネット中立性の議論では、インターネット利用者にとってのネット中立性といった水平的な中立性(同一レイヤー内)の確保が求められるとともに、上下関係にあるISP、さらにはコンテンツプロバイダを含むネット中立性の確保といった垂直的な中立性(レイヤー縦断型)の確保が求められる。なお、ネット中立性におけるもう一つの論点は後段(論点2:市場メカニズムの補完の有効性)で取り上げる。

 

                  【図3】

 

垂直的統合モデルと競争中立性

 

 ネット中立性の議論においては、前述のとおり、水平的中立性と垂直的中立性の議論があるが、情報通信政策として、特にモバイル市場における垂直統合モデルは競争政策の局面においても垂直方向の中立性の確保が重要であり、また市場支配力が行使されているレイヤーが、事業モデルの変化に伴って、ネットワーク層からプラットフォーム層に移行するという事例であった。

 

                  【図4】

 

 図4にあるように、1999年2月に開始されたドコモのiモード垂直統合モデルを形成し、市場支配力の濫用による競争阻害的要素が認められるとして競争政策の観点から議論が行われた。いわゆるガラケーの時代に初めてネット接続を可能とする仕組みをドコモが開発し、他の携帯各社も同じ仕組みを導入した。iモードにおいては「公式サイト」と「勝手サイト」が存在し、「公式サイト」についてのみキャリアによる認証と課金(料金徴収代行)が行われるとともに、「公式サイト」で提供されるコンテンツやアプリはキャリアが審査し、掲載の是非を決める仕組みであった。携帯キャリアが周波数制約によってその数が限られている寡占市場であることから、その上の「公式サイト」の運営、つまりプラットフォームビジネスの展開にもネットワーク市場における寡占性を原因とする競争阻害的事象(相対的に高額の手数料、不透明なコンテンツ・アプリの選定基準等[8])が数多く認められるとして議論が行われたが、プラットフォーム層における規制を既存の法体系(例えば電気通信事業法における「隣接市場」としての位置付け)で行うことは困難な面があった。また、ガラケー時代の垂直統合型モデルでは、携帯各社が端末の仕様を示し、これをメーカーが生産して携帯各社が一括買取を行う仕組みを採用しており、結果として、携帯各社はネットワーク層における市場支配力を源泉としつつ、端末、ネットワーク、プラットフォームといった複数のレイヤーで市場支配力を行使していた。これがMobile 1.0の垂直統合モデルである。

 

 その後、2007年6月にアップルのiPhoneが販売されると状況は一変した。コンテンツやアプリはApp Storeで提供され、その掲載の是非はアップルやグーグルによって審査されることとなった。端末層においてもスマートフォンのOS(iOSAndroid)はアップルとグーグルによって提供され、特にiPhoneは端末市場において大きなシェアを占めるに至っている。これに対し、ネットワークはどの通信キャリアのものであっても利用できることから、新しい垂直統合型の事業モデルの主体がプラットフォーマーとなり、その市場支配力が端末層やデータ層(すなわちデータの寡占的所有)まで及んでいる。これがMobile 2.0の垂直統合モデルであり、いわば”ネットワーク中抜き”でその他のレイヤーを全てカバーする垂直統合モデルになっている。そして、このデジタル政策が射程とする垂直統合型事業モデルに対し、欧州においてはDSA(デジタルサービス法 : Digital Service Act)やDMA(デジタル市場法 : Digital Market Act)によってゲートキーパーとしての事前規制を課す方向となっているなど、プラットフォーム層における競争法の効果的な適用が進み、同様の議論は米国や日本でも行われるようになってきている。

 

デジタル政策の主要論点例

 

 以上みてきたように、「通信政策→情報通信政策→デジタル政策」というシフトの中、政策領域は複数の広範囲な領域に及ぶようになり、技術中立性・競争中立性・ネット中立性の3つの中立性原則を基礎としつつ、レイヤーを意識したデジタル政策の検討が必要である点を明らかにしてきた。それでは次にデジタル政策の主要論点として、従来の情報通信政策とはどのような点で異なるのかについて具体例を3つ取り上げてみる。

 

 デジタル政策の射程としては、競争政策(垂直的・水平的公正競争の確保)、産業政策(産業振興、研究開発など)、社会福祉政策(利用者保護、サービス提供の平等性の確保)、サイバーセキュリティ政策、外交政策(国家主権の確保、サイバー関連の国際ルールの検討、インターネットの自由など)、安全保障政策(経済安全保障を含む)など広範な政策ポートフォリオが含まれる。

 

論点1:ルール形成の多様化

 

 競争政策や産業政策を考える上で、政策の必要性や期待される効果について、定性的・定量的な合理的説明が行われなければならない。その前提としてデータの持つ経済的価値を客観的に計測する手法の開発が望まれる。データは無形資産(intangible asset)であり、企業が多数のデータを保有していたとしても企業資産として計上されることがなく、またデータの活用によって経済にどのようなインパクトがもたらされるのか計測することもできない状態にある。

 

 また、デジタル技術のもたらす経済的インパクトをめぐる議論に加え、そもそも市場メカニズムそのものの有効性についての議論も盛んになってきている。具体的には、1980年代から主流となった新自由主義による市場メカニズムを特に重視した政策は最近では修正が加えられるようになり、政府の適切な介入により公正な分配を実現すること(例えばprogressive capitalismと呼ばれる主張[9])が重視されるようになっている。

 

 市場メカニズムの限界はデジタル関連市場においては明らかであり、データという無形資産の蓄積に関してネットワーク効果が働くとともに、限界費用がゼロであるために市場の需給シグナルとしての価格が有効性を発揮できず、結果としてプラットフォーマによる圧倒的な寡占的市場構造の形成に至っている。このため、市場メカニズムを補完する観点からの政策介入の必要性が総論としては理解されるものの、実際にどのような政策ツールが展開可能であるのか、つまり規制(ルール形成)のあり方については十分な有効打を見出せていない状況にある。

 

 特に、デジタル化の進展により主体の垣根が曖昧となる中、規制主体(従来は国)と非規制主体(従来は市場参加者)についてもその垣根が曖昧とならざるを得なくなり、共同規制(co-regulation)という選択肢も従来以上に重要になってきている。

 

 共同規制というアプローチは政府が実現したい政策目的とこれを実現するための基本原則を明らかにし、これらを自主的に遵守する市場参加者が国との間で契約を結び、これに基づいて具体的なルールを策定・運用する。その後、市場参加者は運用結果を国に報告し、国はその報告を評価し、必要に応じて基本原則の修正を加えるなどを行う。これは別の見方をすれば、細かい公的規制を策定・運用するのは時間と手間がかかる一方、市場の状況が大きく変化する場合には規制そのものが直ちに陳腐化するという問題を回避するための方策の一つであると言える[10]

 

 国による規制、国と市場参加者が連携する共同規制、業界団体による業界ガイドラインなど、規制の対象となる市場の特性に応じて適切なルールを選択することが必要であるが、こうしたルール形成の過程においては、従来以上に広い関係者の意見を反映するマルチステークホルダが参加する態様であることが望ましい。この点、デジタル政策に係る議論の多様性を確保する観点から、日本には少ない政策提言型シンクタンクの重要性が高まってきている。

 

論点2:市場メカニズムの補完の有効性

 

 前述したようにデータ駆動社会に移行する過程で、データという無形資産がもつ特性が現在の制度では想定されていないことから市場メカニズム(価格調整メカニズム)が十分に働かず、結果として寡占的市場構造の形成など市場構造に歪みが出る状況になっている。

 

 例えば通信サービスの料金(価格)を考えてみる。市場メカニズムが有効に機能していない寡占的な市場構造において、料金(価格)は需給バランスの代理変数として市場で決定されるもの、とは言い切れなくなっている。むしろ、データ駆動社会であるが故に利用者のさまざまなデータを収集することできめ細かいプライシングを行い、サービス提供側の経営戦略に沿った行動変容を利用者側に生み出そうとする動きも起こりえる。そして、この問題は合理的な「区別」と社会的に許容されない「差別」の違いは何かという問題を招来する。この問題について、英国OFCOMのレポート[11]を踏まえながら整理してみたい。

 

 市場メカニズムが有効に機能していれば、料金は需要と供給の一致するところで決定される。しかし、市場が需要者の特性によっていくつかのセグメントに分けられる場合、コスト構造の違いや営業戦略を基に異なる料金設定をすることがある。例えば学割は年齢層を基準とするセグメント設定である。また、同じ市場であったとしても需給の違いに応じて市場をセグメント化し、料金設定を変える場合もある。例えば、高速道路におけるピークロードプライシングの場合、混雑時には超過需要が発生しているために高い料金を設定し、それ以外の時間帯においては低い料金を設定する。これは単に需給を反映するというだけではなく、混雑時における車の高速道路利用を抑制し、混雑を抑制することで交通量の分散化を図るということも目的となっている。

  

 通信料金の場合はどうか。一般に通信料金についても適正と認められるコストに利潤を乗せて設定されるが、属性によるセグメントとして学割などを設定することも一般的である。OFCOM文書が議論の俎上に上げているのは、その先にある料金のきめ細かい設定、いわゆる個別化料金(personalized pricing)である。

  

 「個別化」というのは個別化医療(personalized medicine)に類似した考え方であり、個別化医療とは、同じ病気であったとしても個人の症状は多様であり、各人に最適な治療計画(例えば異なる薬の投与や治療法)をきめ細かく適用するカスタムメイド型の医療である。通信における個別化料金というのは、一人ひとりに異なる通信料金を適用するということではなく、個人の特性(例えばネット利用の状況)に応じてセグメントしたグループごとに異なる料金を適用しようとするものである。

 

 通信事業者が個人データを活用しようとする場合、既契約の利用者であればネット利用の状況や個人属性情報などを把握することができる。こうして得られたビッグデータを活用してAIによって解析することで、きめ細かいセグメントを自動で設定し、最も適した料金を適用することが可能になる。こうした決め細かい「カスタムメイド」の料金設定が可能となれば、同じ通信サービスであっても料金の多様化が進む。

  

 しかし、こうした個別化料金には検討すべき課題が多い。個別化料金は通信事業者にとって料金設定の柔軟度が増し、顧客引き留め効果を上げることが考えられる。例えば他社に移行する可能性がある利用者に特に低廉な料金を提示し、逆に他社に乗り換えない安定的な利用者に対しては料金を引き下げることはしない。これは経営の観点からみれば合理的ではあるが、利用者間の負担の公平性の観点からは差別的取り扱いをもたらすことが懸念される。属性ごとに料金を異なるものとするという区別(distinction)と、同じサービスであるにもかかわらず合理性に欠ける異なる取り扱いをするという差別(discrimination)の問題は分けて考える必要があり、経済的合理性だけでは判断しきれない価値判断の世界も重要な要素となる。

 

 こうした議論は前掲のネット中立性においても議論となる。例えば、電気通信事業法第6条は「電気通信事業者は、電気通信役務の提供について、不当な差別的取扱いをしてはならない」と「利用の公平」について規定している。このため、通常はすべてのパケットの流通を同等に取り扱う必要がある。しかし、現実問題として自動走行や遠隔医療に関わるデータのパケットは他のパケットに比べて優先的に取り扱わないと、伝送遅延によって多大な支障が生じる。これが「優先制御」というものであり、どのようなパケットを優先制御の対象とするのが社会的に適当かという議論になる。これも先ほどの個別化料金の議論と同様に、差別か区別か、という議論だと言える。そして、この優先制御についてはネットワークのスライシング技術を使えばパケットの優先レーンを作ることも可能になることを考えれば、これが現実的な「優先制御」の仕組みとなるという考え方もあるだろう。

 

 いずれにせよ、今後はこうした区別か差別か、あるいはそもそも公共の福祉の増進とは何かといった議論が、AIやビッグデータの活用に伴って多数出てくる可能性があるだろう。

 

論点3:新しいネットワーク構造と通信主権

 

 従来の通信サービスはネットワークレイヤーの通信事業者のみが関わるものであり、日本という領土の中の物理的設備の設置・運用に関する法制度(電気通信事業法)により通信主権が確保されてきた。しかし、ソフトウェア技術を活用したSDN(Software Defined Network)はネットワークの構造を大きく変える。従来のネットワークを構成する機器は固有の機能が当初から設定されていた。しかし、近年のSDN技術の発達により構成機器がホワイトボックス(機能の定義がなされていない汎用型の機器)となり、機能の割り振りはソフトウェアで行う形態になってきている。しかも機能の割り振りを行うソフトウェアはクラウドベースで提供される。すなわち、ハード・ソフト一体型からハード・ソフト分離型へと機能分化が起きている。SDN技術は5Gのコアネットワークなどでも既に実用化されており、米国の新規参入の携帯事業者であるDISHはコア網をアマゾンAWSで構成している[12]

 

  今後はネットワークのリソースを仮想化して顧客のニーズに応じて機能定義を行うなどNFV(Network Function Virtualization)技術の活用も拡大し、ネットワークを顧客の用途に応じて切り分けるスライシングなども本格的に提供されると考えられる。複雑なリソース管理はAIによるオーケストレーション機能をもって行われることになると想定されるが、AIの提供も第三者が行うことが想定され、A Iのアルゴリズムの透明性の確保(アカウンタビリティ)も問題となる。

 

 現在の法体系ではハード・ソフト一体型を前提としているが、SDN/NFV技術の導入によりコア網がクラウドベースで提供されるとしても、通信事業者側にネットワーク設備全体の実質的な支配管理権が確保されているならば問題はない。しかし、そうでない場合は通信主権が損なわれかねない問題となる。こうした事態において、国内法に基づいて最低保障契約約款でサービス提供が確保されていれば問題がないといった民事契約ベースの考え方は、非常時をも想定した経済安全保障の世界では通用しない。このようにネットワーク技術の変化は経済安全保障の議論と表裏一体となってきている。すなわち、デジタル政策において、上記の事例のように、従来はネットワーク層に閉じていると考えられていたものがプラットフォーム層やデータ層まで垂直方向に広がり、かつ国境を超えたサービス提供へと質が変わることで、経済安全保障の問題として多角的な観点から捉える必要が生まれてくる。

 

 無論、こうした問題意識はネットワークに限った問題ではなく、機微性の高いデータ、例えば日本国民のDNAデータは個別化医療創薬において圧倒的に重要な役割を果たすものであり他国によって保有されることは防ぐ必要がある。このようにデータ安全保障というべき領域も確実に広がっており、デジタル政策における外交政策は競争政策や産業政策とクロスしつつ俯瞰的に戦略を練っていくことが求められるようになってくる。

 

 また、こうしたサイバー空間への国家の関与のあり方は、サイバー空間を巡る国際ルールのあり方に関連したインターネットガバナンス(Internet Governance)を巡る議論[13]、民主主義を守るための国のあり方に関連したインターネットの自由(Internet Freedom)と呼ばれる議論[14]まで広がりを持っており、デジタル政策における外交政策の重要性を改めて認識し、特にこの分野は技術的知見も含め複数領域の知見が必要になることを踏まえ、必要な戦略の策定や人材の育成を進めていく必要がある。

 

今後の議論に向けて

 

  以上、本稿では「通信政策→情報通信政策→デジタル政策」という移行が進む中、政策領域が垂直方向に複数のレイヤーに及ぶ拡張を見せるとともに、デジタル化の中でデータ連携による「モノのサービス化」を通じて業態の壁の消失という水平方向への拡張を見せてきたことを示した。その上で、データという無形資産が中心の「データ駆動社会」においては従来の財・サービスを前提とした制度の見直しが必至となり、新たな政策として「ルール形成の多様化」について検討を深めることが求められる他、市場メカニズムの不全を補うための新たな政策ツールを開発するための「市場メカニズムの補完の有効性」の検証、さらにハード・ソフト分離やネットワーク機能のクラウド化を前提とした「新しいネットワーク構造と通信主権」をめぐる議論など、多岐にわたる議論を進めていく必要があるとした。

 

 そして、こうした政策議論には、前述のとおり、競争政策、産業政策、社会福祉政策、サイバーセキュリティ政策、外交政策、安全保障政策など広範な政策ポートフォリオを視野に入れた議論が必要となっている。このため、デジタル政策をめぐる議論についてマルチステークホルダーを巻き込んだ幅広い議論をするための基盤づくりを進めていくことが求められている。

 

 筆者が関与しているデジタル政策フォーラム(DPFJ)もそうした基盤の一つになるよう関係各方面との連携を更に進めるとともに、2023年に日本で開催が予定されているG7デジタル大臣会合やIGF(Internet Governance Forum)に向けた情報発信などグローバルな政策議論にも積極的に参画していきたいと考えている。

 

[1] 「デジタル政策」の枠組みをどう考えるかという点については、2021年9月に発足したデジタル政策フォーラム(DPFJ)において多くの議論が行われてきた。また、そうした議論の一環として、2022年12月の国際公共経済学会におけるパネル討論「デジタル政策とアカデミズム」が開催された。

[2] 1999年にはNTTを持株会社の下にNTTコムとNTT東西に再編成する構造的措置により、公正競争確保のための措置が徹底されることとなった。

[3] e-Japan戦略Ⅱにおいては、医療、食、生活、中小企業金融、知、就労・労働、行政サービスなど個別分野を掲げ、その情報化を推進するというアプローチをとっている。この時点ではデータの電子化が念頭に置かれており、データ連携という考え方があまり明確になっていない。

[4] 従来はモノ単体を販売し、その価値を利用者(購入者)が複数年にわたって享受するgoods dominant logicが中心であったが、近年はデジタル財の価値減耗が短期に起こることなどを踏まえ、供給者と利用者との間でリテンションを保ちつつ、利用者のデータをもとに付加価値をサービスとして提供するservice dominant logicが事業モデルとしての存在価値を高めつつある。

[5] こうしたデータ連携はTim Berners-Leeが主唱するsemantic webの概念に近い。現行のウェブはウェブページの文書構造を示すHTMLで記述されているのに対し、semantic webではデータの意味を記述したタグも追加で付与することでデータの自動的な連携を可能とする。Semantic webはweb3.0とも呼称されるが、これは分散型台帳技術を使った事業モデルであるWeb3とは意味が異なる。

[6] 国内においてはデータ流通推進協議会(DSA)のプラットフォーム”DATA-EX”がフェデレーション型の分野を越えたデータ連携プロジェクトの代表例であり、プラットフォーム参加者の認証機能、データ連携のための汎用コネクタロケーションサービス、データカタログ横断検索機能、OSS(Open Source Software)の提供、データ取引市場との連携などの各種機能を実装することを目指している。

[7] より具体的には、ネットワーク設備が処理可能なトラヒック量を超えて、トラヒックの需要(ニーズ)が発生している場合に、全ての利用者の通信帯域を一律割合で制限するのではなく、ある時点において多くの帯域を占有している利用者から順に利用帯域を一定の水準以下に制御する「公平制御」が妥当性を有している。 

[8] 当時指摘された競争阻害的問題は、GoogleAppleの事業モデルにおいて、より明確な形で議論が行われたところであり、競争政策的観点からみた(当時の)問題点の指摘としては妥当なものであったと考えられる。

[9] 例えばJ. E. スティグリッツプログレッシブキャピタリズム」(2019年、東洋経済新報社)を参照。

[10] 規制(ルール)の稠密性をめぐる議論については、例えばOFCOM ”Rules-based versus principles-based regulation --- is there a clear front-runner?” (August 2021)を参照。本論文はデジタル市場における競争ルールについて、規制として目指すべき運用原則のみを規定する英国方式と具体的な規則に基づく規制を行うEUとを比較した上で、英国方式は柔軟である一方透明性の面で劣るところがある点などを指摘している。その背景には英米法と大陸法のアプローチの違いが影響していることも可能性として存在する。

[11] OFCOM “Personalized Pricing for Communications --- Making Data Work for Consumers” (August 2020)

[12] AWS Press Release “Telco Meets AWS Cloud : Deploying DISH’s 5G Network in AWS CLoud”(February 27th, 2022)

[13] 谷脇康彦 ”緊迫するインターネットガバナンス” (2022年9月10日、ブログ「タニワキコラム」)

[14] 谷脇康彦 “インターネットの自由2022”(2022年12月8日、ブログ「タニワキコラム」)