タニワキコラム

デジタル政策について語ろう

コロナ禍とネットの自由

ネットの自由度を評価する

 2020年10月、米国NPO(非営利団体)のフリーダムハウスは「ネット上の自由(Freedom on the Net)」と題する報告書の2020年版を公表した。「パンデミックのデジタルの影」という副題を付された今回の報告書は、2019年6月から2020年5月までのネット上の活動に対する制約がどの程度存在していたかについて、世界65か国の状況を70人以上の専門家が分析し、ネット自由度を100点満点でスコア化したものとなっている。

 65か国を対象とすることで世界のネット利用者の87%がカバーされているが、大まかな傾向としては、「自由」(20%)や「部分的に自由」(32%)と評価された国の数よりも、「自由ではない」(35%)と評価された国の方が多くなっている。

   評価が高かった、つまり自由度が高いと認められた国は、アイスランド(95点)、エストニア(94点)、カナダ(87点)、ドイツ(80点)、英国(78点)、フランス(77点)、豪州(76点)、ジョージア(同左)、イタリア(同左)、米国(同左)、アルメニア(75点)、これに日本が並び第11位となっている。総じて欧州の国々が高い評価を得ている傾向にあるものの、第5位の英国から第11位の日本まではほぼ同程度(78~75点)の評価になっている。

 これを地域別にみてみると、アジア太平洋地域では、豪州と日本は「自由」と評価されている一方、タイ、ミャンマーパキスタンベトナム、中国は「自由ではない」という評価となっており、特に中国(10点)はシリア(17点)やイラン(15点)を下回り、調査対象65か国中で最下位と評価されている。

 評価は21の評価項目で構成され、大きく3つの領域に分かれている。具体的には、ネットアクセスへの障害の大きさ(ネットインフラの整備の遅れ、政府による特定のアプリや技術へのアクセス禁止、規制体の独立性など)、コンテンツに関する制約(コンテンツに関する法的制約、サイトに対するフィルタリングやブロッキング、検閲など)、利用者の権利の侵害(表現の自由の制約、オンラインでの活動に対する取り締まりなど)に分かれている。

 報告書では、コロナ禍においてネットの自由が脅かされている傾向が顕著になっているとして、3つの事象を挙げている。

 第一に、政治的指導者がパンデミックを情報へのアクセスを制限するための口実として使っていると指摘している。具体的には、独立系のニュースサイトのブロッキングフェイクニュースを流布したかどでの逮捕、正確なコンテンツを紛れさせるための偽情報の流布、特定の民族や宗教グループのネットアクセスの遮断などを実例として挙げている。

 第二に、コロナを契機として政府が新技術を使った国民監視の強化を行なっていると指摘している。例えば、国民のプライベートなデータを十分な保護策を講じることなく収集したり、AIや生体情報を活用したビッグデータ解析を通じて個人の行動の解析等を行なっている例が挙げられている。具体的には、中国において利用されているコロナ対策関連アプリは警察に個人情報を送信したり、個人の状態を赤・黄・青で分類して行動抑制を図っているものの判断基準が不明確であったり、町中の監視カメラによる顔認識技術などを用いて個人の行動や健康状態などのデータ収集が行なわれていると指摘している。

 第三に、サイバー空間における国家権力の乱用によってネットの分断を引き起こしていると指摘している。具体的には、国内のネットを遮断し海外からの情報が流入しないよう措置する事例などが挙げられている。

 

広がるネット遮断

 インターネットへのアクセスを守るために活動しているアクセスナウという国際組織がある。この組織はインターネット上の人々の権利を守ることを目的に世界中で活動しており、具体的には、権利擁護のために活動している人々に対して助言を行うヘルプラインの運営や活動支援のための助成金の交付、イベントの開催、政策提言、権利侵害を行っている国などに対する訴訟などを行っている。

 その活動の一環として、60か国・150組織の参加を得て、ネット遮断(インターネットを利用できなくすること)に対抗するための活動として“#KeepItOn”を2016年から展開しており、”#KeepItOn”の活動の中で得られた知見を基に、2020年2月、2019年版の活動報告書が公表された。

 この報告書によると、2019年に世界中でネット遮断が行われた事案は213件。事案が発生した国の数は前年の25か国から33か国へと増加している。遮断事案を国別の件数ベースでみると、インド121件、ベネズエラ12件、イエメン11件、イラク8件、アルジェリア8件、エチオピア4件となっている。アフリカ・中東地域が多い印象を受けるが、報告書においては、アジア地域においてもインド以外に、中国、ミャンマーバングラデシュインドネシアなどでネット遮断が発生している。

 ネット遮断が続けられた日数をみると、連続7日以上遮断が行われたケースが11件(2018年)から35件(2019年)と増加しており、遮断の長期化が進んでいる。また、遮断を行うエリアがターゲット化(特定地域を狙い撃ちすること)されている事案が増えており、政治的・民族的な少数派などが居住するエリアに絞って遮断を行う(報告書では、ミャンマーバングラデシュ、インドおよびインドネシアが特にその傾向が明らかと指摘)ため、遮断が行われていることが公になりにくいという特徴がある。

 ネット遮断が行われている事案を通信手段の別でみると、モバイル系のみが31.6%、固定ブロードバンド系のみが4.8%、その両方を遮断するケースが63.6%であり、モバイル系(計95.2%)を中心に遮断しているとみられる。モバイルユーザーの場合、かつての「アラブの春」がそうであったように、ソーシャルメディアを使って民主化運動などを行う場合が多いとみられるが、213件の遮断事案のうち、フェイスブックが38件、ツイッターが33件となっており、遮断の対象となっているソーシャルメディアの中でもやはり利用者が多いものが対象になっている。

 こうしたネット遮断を行っている事案のうち政府が遮断したという事実を認めたものが116件(全体の54.5%)であり、その理由としては、フェイクニュースヘイトスピーチ対策を理由とするものが33件、予防的措置を講じたとするものが30件、公共の安全を確保するためのとするものが24件、国家安全保障を理由とするものが14件などとなっている。

 本報告書が明らかにしたのは、インターネットへのアクセスという基本的な人権が確保されていない国が増加しており、実際のネット遮断の件数が増えてきていること、そしてターゲットを絞った遮断をより長期間に行い、その理由としてフェイクニュースヘイトスピーチ対策を挙げている傾向が見てとれる。

 

欧州の新たな取り組み

 以上、2つの報告書からネットの自由を脅かす行為が世界各地で行なわれていることが明らかになっている。他方、冒頭のフリーダムハウス報告書で触れたように、欧州諸国のネット自由度が比較的高いと評価されている。しかし、ネット自由度が高いということは逆に他国からの干渉を受けやすいということでもある。欧州各国は特に他国から偽情報が発信され選挙結果などを不正に歪められることに危機感を抱いている。

 欧州委員会は2020年12月に発表した新しい文書「欧州民主主義行動計画(European Democracy Action Plan)」という文書の中で、サイバー空間における民主主義の維持に向けた3つの行動計画の柱を明らかにした。その柱とは、自由で公正な選挙の推進、自由で独立したメディアへの支援、そして偽情報対策の強化だ。

 欧州の偽情報対策は昨年から具体的な動きを見せており、偽情報対策のための行動規範を策定し、これをプラットフォーマーが自発的に遵守することを宣言する「共同規制」という手法を採用してきた。行動規範の遵守状況は定期的に欧州委員会に報告され、評価が行なわれた。これは2020年5月に実施された欧州議会選挙におけるサイバー空間上の偽情報による不当な影響力行使を防止することを目的としていた。

 欧州委員会は行動規範による取り組みで所期の目的は達成した(大きな影響はなかった)と結論づけたものの、今回の行動計画では、「コロナ禍において、外国勢力や特定の第三国、特にロシアと中国が偽情報による情報操作を行なっている」との認識を示しつつ、行動規範の強化に今後取り組んでいくとしている。

 具体的には、偽情報のもたらすインパクトやプラットフォーマーの偽情報対策の効果のモニタリングを行う他、スポンサー広告に紐付いた偽情報対策、ファクトチェック機関とプラットフォーマーとの間のオープンで非差別的な連携の強化、偽情報の拡散を制限するための方策の検討などを内容とする新たなガイダンスを来年春に公表するとしている。そして、この行動計画の効果については次回の欧州議会選挙が行なわれる1年前の2023年に評価することとしている。

  ネット空間における多様性を確保し、個人のプライバシーを守りながら、国内あるいは国内・国外の間のネット分断を回避することは、コロナ禍の現状にあっても守るべき最も重要なことだと言える。他方、ネットの自由を守るためにも偽情報の流布などを防止するために直接的な規制ではなく、表現の自由報道の自由を守りながら、官民連携型の偽情報対策なども進めていく必要がある。ネット上の自由を守るためには国・民間企業・市民社会が連携して取り組むことが強く求められている。(本稿中意見にわたる部分は筆者の個人的な見解です)

 

(参考文献)

(1) Access Now “Targeted, Cut Off, and Left in the Dark : The #KeepItOn Report on the Internet Shutdowns in 2019,” February 2020

https://www.accessnow.org/cms/assets/uploads/2020/02/KeepItOn-2019-report-1.pdf

(2) European Commission, “European Democracy Action Plan : Making EU Democracies Stronger,” December 2020 https://eurlex.europa.eu/legalcontent/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:52020DC0790&from=EN

(3) Freedom House, “Freedom on the Net 2020 : The Pandemic’s Digital Shadow,” October 2020

https://freedomhouse.org/sites/default/files/2020- 10/10122020_FOTN2020_Complete_Report_FINAL.pdf