タニワキコラム

デジタル政策について語ろう

インターネットの自由2021

 2021年10月、米国NGO非営利団体)のフリーダムハウスは「ネット上の自由(Freedom on the Net)」と題する報告書の2021年版(文末の参考文献を参照)を公表した。「ビッグテックをコントロールしようとする国際的な流れ(The Global Drive to Control Big Tech)」という副題を付けられた今回の報告書は、2020年6月から2021年5月の間に観察されたネット上の規制や取締りの数々を集約し、世界70か国の状況を世界の専門家80人以上で分析したものだ。

 70か国を対象とすることで世界のネット利用者の88%がカバーされており、ネット自由度を100点満点でスコアリングした報告書の結果によると、「自由」(20%→21%[20年版→21年版])や「部分的に自由」(32%→28%)と評価された国は過半に至らず、「自由ではない」(35%→39%)と評価された国が昨年に比べて増加しており、昨年の報告書よりさらに状況が悪化していることを示している。

   報告書で評価が高い国、つまりネット自由度が高いと認められた国はアイスランド(96点)とエストニア(94点)が群を抜いており、続くカナダ・コスタリカ(87点)の後、台湾(80点)、ドイツ(79点)、フランス・英国(78点)、日本(76点)、米国(75点)となっている。総じて欧州の国々が高い評価を得る傾向にある(日本は世界第9位)。

 スコアリングを行う上での評価項目は21項目あり、ネットアクセスへの障害の大きさ(ネットインフラの整備の遅れ、政府による特定のアプリや技術へのアクセスの禁止、規制体の独立性など5項目)、コンテンツに関する制約(コンテンツに関する法的制約、サイトに対するフィルタリングやブロッキング、ネット検閲など8項目)、利用者の権利の侵害(表現の自由の制約、オンラインでの活動に対する取締りなど8項目)となっており、地域別に見ると、アジア太平洋地域では、台湾・豪州・日本が「自由」と評価されている一方、ベトナム(22点)、ミャンマー(17点)、イラン(16点)、中国(10点)などは「自由ではない」と評価されている。特に中国については調査対象国70か国の中で昨年に続いて最下位となっている。

    報告書ではコロナ禍でのネット規制の事例についても触れている。例えばカンボジアににおいて、2021年3月、政府のコロナ対策を妨害する行為が犯罪行為(懲役刑は最長5年)とされ、中国製ワクチンについてSNNの投稿で批判した反政府勢力のメンバーを含む数人が逮捕された。また、コロナ対策の一環として導入された接触追跡アプリやワクチン接種証明アプリに蓄積された個人の健康関連データが捜査当局によって別目的で利用されたという事案がシンガポールと豪州で確認された。

    さて、今回の報告書では従来から引き続きの傾向として、欧州各国のネット自由度が比較的高いと評価されている。しかし、ネット自由度が高いということは逆に他国からの干渉を受けやすいということでもある。欧州各国は特に他国から偽情報が発信され選挙結果などを不正に歪められることに危機感を抱いている。

 2020年12月、欧州委員会は「欧州民主主義行動計画(European Democracy Action Plan)」を発表し、その中でサイバー空間における民主主義の維持に向けた行動計画の柱を明らかにした。その柱とは、(1)自由で公正な選挙の推進、(2)自由で独立したメディアへの支援、(3)偽情報対策の強化の3項目。

 このうち、(1)自由で公正な選挙の推進については、2021年11月、欧州委員会は政治的な広告及び(広告の)ターゲティングにおける透明性に関する新しいルールを提案した。その中で、政治的な広告についてはその旨を明示し、広告のスポンサー等について情報開示することなどが盛り込まれている。

    また、(3)欧州の偽情報対策について欧州委員会は2019年から具体的な動きを見せており、偽情報対策のための行動規範を策定し、これをプラットフォーマーが自主的に遵守することを宣言する「共同規制」の手法を採用してきた。これは2020年5月に実施された欧州議会選挙におけるサイバー空間上の偽情報による不当な影響力行使を防止することを目的としていた。欧州委員会は行動規範による取り組みを通じて所期の目的を達成したと結論づけたものの、行動計画では「コロナ禍において外国勢力や特定の第三国、特にロシアと中国が偽情報による情報操作を行なっている」との認識を示しつつ、行動規範の強化に取り組んでいくとしている。

    具体的には、偽情報のもたらすインパクトやプラットフォーマーの偽情報対策の効果についてモニタリングを行うほか、スポンサー広告に紐づいた偽情報対策、ファクトチェック機関とプラットフォーマーとの間のオープンで非差別的な連携の強化、偽情報拡散を制限するための方策の検討などを内容とする新たなガイドラインを2021年春に公表し、その効果については次回の欧州議会選挙が行われる1年前の2023年に評価することとしている(筆者注:2021年5月、欧州委員会は行動規範の強化に向けた関連文書を公表)。

    ネット空間における多様性を確保し、個人のプライバシーを守りながら、国内あるいは国内・国外の間のネット分断を回避することは、コロナ禍の現状にあっても守るべき最も重要なことの一つだと言える。他方、ネットの自由を守るためにも偽情報の流布などを防止するために直接的な規制だけではなく、表現の自由報道の自由を守りながら、官民連携型の偽情報対策なども進めていく必要がある。ネット上の自由を守るためには国・民間企業・市民社会が連携して取り組んでいくことが強く求められる。

 

(参考文献)Shahbaz, Funk, Slipowitz, Vesteinsson, Baker, Grothe, Vepa, Weal eds. Freedom on the Net 2021, Freedom House, 2021

 

モニター, バイナリ, バイナリシステム, コンピューター, バイナリコード, プログラミング, データ

デジタル時代の経済的価値を考える

 社会のデジタル化が進むと、データが「経済システムを循環する血液」となり、データの生成・蓄積・解析・活用が新たな経済的価値を生み出す「データ主導社会」が到来する。これまでの資本主義においては有形資産を活用して新たな価値が生み出されてきた。例えば企業は大規模な資金を投入して製造機械を購入し、大量の労働力を投入してモノを生産してきた。統一規格の商品を大量に生産し、これを大量消費することで経済成長を実現してきた。しかしデジタル時代となり、有形資産に代わり無形資産の重要性が相対的に高まってきている。目に見えない無形資産の中核をなすのがデータだ。

 有形資産の場合、需要が増加すると設備投資によって生産力の増強を図る必要がある。さもないと超過需要が生まれ製品の価格が上昇することになる。ところが、無形資産の場合、新たに資産を生み出すための追加費用(限界費用)は限りなくゼロに近い。データを生み出すために製造機械に新たな投資を行う必要はないからだ。つまり無形資産の生産には限界費用がほとんどかからず、超過需要が生まれたとしても無形資産の価格が上昇することはない。つまり価格が需要と供給を調整するという伝統的な市場メカニズムが働かなくなる。

 その場合、「どの程度需要が存在しているのか」ということを知るにはビッグデータを解析して需要量を予測することとなり、価格水準を気にすることはなくなる。無形資産は費用をかけることなく生産量を自由に調整することができ、一律の価格ではなく需要者の特性に応じてきめ細かく価格設定を行うダイナミックプライシングも可能になる。

 工業化社会においては大量生産や大量雇用を前提としつつ生産拡大局面においては賃金上昇が生まれ、労働分配率を上昇させてきた。しかし、無形資産の場合はデータが一部の企業に集積される富の集中が起こり、労働分配率は上昇しない。しかも、個人がプラットフォーマーに対して個人情報を提供する代わりに無料のサービス提供がなされているが、個人情報の価値とサービスの価値が等価である保証はない。個人情報の価値がサービスの価値(利用者にとってゼロ円が下限値)を上回っている場合、より多くの便益をプラットフォーマー側が享受している可能性がある。つまり、データを生み出す個人にはプラットフォーマーから十分な利益還元が行われておらず、プラットフォーマーに超過利潤が発生していることになる。

 デジタル社会はGAFAに代表される一部企業(プラットフォーマー)への富の集中を生み出し、無形資産を生み出す個人への利益還元や人的資本の価値の向上(人的投資)を生み出さなくなってしまう可能性がある。

 一部企業への富の集中が起こるデジタル社会においては寡占的な市場構造を生み出し、さらなる超過利潤を蓄積する負のスパイラルを通じて過剰貯蓄をもたらし、金利は長期間にわたって低水準にとどまることが考えられる。

 その結果、デジタル経済における技術革新が生産性の向上につながらなくなり、低成長、低金利、低インフレが続く。巨額の設備投資を必要としない無形資産による価値の創造が行われる結果として、モノの需要が物価を押し上げる力が一段と弱体化する。

 こうした無形資産は経済統計には、ソフトウェアなどを除き、ほとんど表れない。従来の資本主義における経済統計は有形資産をベースにしてきたからであり、デジタル化に伴うデータ主導社会への移行がどのような経済的なインパクトをもたらすのかについて、定量的に分析可能な状況になっていない。無形資産の持つ経済的価値を計測する試みを今後も継続し議論を深化させていくことが求められる。

 データの経済的価値を最大化するという観点からは検討すべき課題も多い。例えば以下のような検討項目が挙げられる。

 第一に、各国で議論されているように、大規模なプラットフォーマーに対する公正競争確保のための措置が求められる。フォルーハー(参考文献(9))が指摘するように、「デジタル取引の世界ではサービスを利用した対価を「個人データ」という新たな通貨で払う」のであり、「規制当局は消費者にとって低価格かを基準に「市場が効率よく機能しているか」と単純に判断するのをやめ始めた。そうではなくデジタル市場は「勝者総取り」の世界だと理解し始めた」のだ。こうした世界では競争を価格と産出量を基に判断し、低廉な料金で提供されている限り消費者余剰の最大化が図られていて競争的であるという伝統的な理論は必ずしも有効ではない。Kahn(参考文献(2))が指摘するように、コストを下回る価格設定を継続して利益よりも成長を実現することで市場支配力を獲得することがあり得る。前掲の無料によるサービス提供は究極の競争状態が実現しているのではなく、無償で得られる個人情報の価値が提供サービスの価値を上回っており、競争阻害的な市場環境にある可能性が指摘される。また、複数の市場領域で事業展開をするプラットフォーマーの場合は市場の境界を越えた複数領域の大量のデータ獲得によって他の事業者が当該プラットフォーマーに依存せざるを得ない状況を生み出し、市場支配力をより強いものにする。しかも、蓄積されたデータは幾何級数的に増加し、かつ領域を越えたデータ収集によりデータの価値が増加したり、ネットワーク効果を通じた市場支配力のさらなる強化を招く可能性がある。

 第二に、データが円滑に市場で流通する環境整備も重要だ。データに代表される無形資産の特徴の一つは「非競合財」としての価値を持つ。つまり、データの「繰り返し使用」が可能である。しかし、大量のデータをプラットフォーマーが囲い込むことで多くの市場参加者による「繰り返し使用」が阻害される可能性がある。データ流通の促進は、上記のプラットフォーマーに関する公正競争確保のための措置と併せて検討を進めるべき課題だ。例えば、データを共有したり他の企業に移転するための仕組み作りとして、情報銀行(第三者に自分の情報の活用方針を委ねる仕組み)やデータ流通市場の育成、利用者が主導するデータ持ち運び(ポータビリティ)制度の確立、国外にデータを持ち出すことを制限するデータローカライゼーションを排除し、国境を越えてデータが自由に流通する国際的なルールづくり(例えばトラストサービスに係るルールの国際的整合性の確保)などを行う必要がある。

 第三に、無形資産を生み出すためのメカニズムとして、政府は研究開発や人材育成(教育)に集中的にリソースを投入していくことも求められる。内閣府(参考文献(6))によれば、特に我が国の人材はIT産業に集中している(非IT産業におけるIT人材比率は27.7%)。非IT産業におけるIT人材の育成は、米国(同64.5%)や英国(同53.9%)並にその比率を引き上げるための人材育成策を講じることによって、幅広い領域においてデジタル技術を活用した効率性の向上や新事業の創出が実現することが期待される。(本稿中意見にわたる部分は筆者の個人的な見解です)

 

【参考文献】

(1) George J. Stigler Center for the Study of the Economy and the State & The University of Chicago Booth School of Business, “Stigler Committee on Digital Platforms : Policy Brief,” September 2019 https://www.chicagobooth.edu/mwginternal/inet2/progress?id=O1O-YMRtT3HxHbqA3W9biXVjQn2vYs_GnYFm5PLd1k4,&dl

(2) Lina M. Khan, “Amazon’s Antitrust Paradox,” Yale Law Journal, vol. 126, 2017

https://digitalcommons.law.yale.edu/mwg-internal/inet2/progress?id=ZsVj-zE4vp3Sf08hWcJNIC0M-lQMcbX2VRpcHoLVFtk,&d

(3)岩田一政「データ経済における政策課題」、総務省「情報通信政策研究」(第4巻第1号)、2020年12月、https://www.soumu.go.jp/main_content/000719091.pdf

(4) 岩田一政編「2060デジタル資本主義」、日本経済出版、2019年

(5) ジョナサン・ハスケル&スティアン・ウェストレイク「無形資産が経済を支配する」、東洋経済新報社、2020年

(6) 内閣府「令和2年度年次経済財政報告」、2020年11月

(7) 日本経済新聞社編「ネオ・エコノミー」、日本経済出版、2019年

(8) ラナ・フォルーハー「邪悪に墜ちたGAFA」、日経BP社、2020年

(9) ラナ・フォルーハー「フェイスブック提訴の意味」日本経済新聞朝刊7面, 2020年12月18日

コロナ禍とネットの自由

ネットの自由度を評価する

 2020年10月、米国NPO(非営利団体)のフリーダムハウスは「ネット上の自由(Freedom on the Net)」と題する報告書の2020年版を公表した。「パンデミックのデジタルの影」という副題を付された今回の報告書は、2019年6月から2020年5月までのネット上の活動に対する制約がどの程度存在していたかについて、世界65か国の状況を70人以上の専門家が分析し、ネット自由度を100点満点でスコア化したものとなっている。

 65か国を対象とすることで世界のネット利用者の87%がカバーされているが、大まかな傾向としては、「自由」(20%)や「部分的に自由」(32%)と評価された国の数よりも、「自由ではない」(35%)と評価された国の方が多くなっている。

   評価が高かった、つまり自由度が高いと認められた国は、アイスランド(95点)、エストニア(94点)、カナダ(87点)、ドイツ(80点)、英国(78点)、フランス(77点)、豪州(76点)、ジョージア(同左)、イタリア(同左)、米国(同左)、アルメニア(75点)、これに日本が並び第11位となっている。総じて欧州の国々が高い評価を得ている傾向にあるものの、第5位の英国から第11位の日本まではほぼ同程度(78~75点)の評価になっている。

 これを地域別にみてみると、アジア太平洋地域では、豪州と日本は「自由」と評価されている一方、タイ、ミャンマーパキスタンベトナム、中国は「自由ではない」という評価となっており、特に中国(10点)はシリア(17点)やイラン(15点)を下回り、調査対象65か国中で最下位と評価されている。

 評価は21の評価項目で構成され、大きく3つの領域に分かれている。具体的には、ネットアクセスへの障害の大きさ(ネットインフラの整備の遅れ、政府による特定のアプリや技術へのアクセス禁止、規制体の独立性など)、コンテンツに関する制約(コンテンツに関する法的制約、サイトに対するフィルタリングやブロッキング、検閲など)、利用者の権利の侵害(表現の自由の制約、オンラインでの活動に対する取り締まりなど)に分かれている。

 報告書では、コロナ禍においてネットの自由が脅かされている傾向が顕著になっているとして、3つの事象を挙げている。

 第一に、政治的指導者がパンデミックを情報へのアクセスを制限するための口実として使っていると指摘している。具体的には、独立系のニュースサイトのブロッキングフェイクニュースを流布したかどでの逮捕、正確なコンテンツを紛れさせるための偽情報の流布、特定の民族や宗教グループのネットアクセスの遮断などを実例として挙げている。

 第二に、コロナを契機として政府が新技術を使った国民監視の強化を行なっていると指摘している。例えば、国民のプライベートなデータを十分な保護策を講じることなく収集したり、AIや生体情報を活用したビッグデータ解析を通じて個人の行動の解析等を行なっている例が挙げられている。具体的には、中国において利用されているコロナ対策関連アプリは警察に個人情報を送信したり、個人の状態を赤・黄・青で分類して行動抑制を図っているものの判断基準が不明確であったり、町中の監視カメラによる顔認識技術などを用いて個人の行動や健康状態などのデータ収集が行なわれていると指摘している。

 第三に、サイバー空間における国家権力の乱用によってネットの分断を引き起こしていると指摘している。具体的には、国内のネットを遮断し海外からの情報が流入しないよう措置する事例などが挙げられている。

 

広がるネット遮断

 インターネットへのアクセスを守るために活動しているアクセスナウという国際組織がある。この組織はインターネット上の人々の権利を守ることを目的に世界中で活動しており、具体的には、権利擁護のために活動している人々に対して助言を行うヘルプラインの運営や活動支援のための助成金の交付、イベントの開催、政策提言、権利侵害を行っている国などに対する訴訟などを行っている。

 その活動の一環として、60か国・150組織の参加を得て、ネット遮断(インターネットを利用できなくすること)に対抗するための活動として“#KeepItOn”を2016年から展開しており、”#KeepItOn”の活動の中で得られた知見を基に、2020年2月、2019年版の活動報告書が公表された。

 この報告書によると、2019年に世界中でネット遮断が行われた事案は213件。事案が発生した国の数は前年の25か国から33か国へと増加している。遮断事案を国別の件数ベースでみると、インド121件、ベネズエラ12件、イエメン11件、イラク8件、アルジェリア8件、エチオピア4件となっている。アフリカ・中東地域が多い印象を受けるが、報告書においては、アジア地域においてもインド以外に、中国、ミャンマーバングラデシュインドネシアなどでネット遮断が発生している。

 ネット遮断が続けられた日数をみると、連続7日以上遮断が行われたケースが11件(2018年)から35件(2019年)と増加しており、遮断の長期化が進んでいる。また、遮断を行うエリアがターゲット化(特定地域を狙い撃ちすること)されている事案が増えており、政治的・民族的な少数派などが居住するエリアに絞って遮断を行う(報告書では、ミャンマーバングラデシュ、インドおよびインドネシアが特にその傾向が明らかと指摘)ため、遮断が行われていることが公になりにくいという特徴がある。

 ネット遮断が行われている事案を通信手段の別でみると、モバイル系のみが31.6%、固定ブロードバンド系のみが4.8%、その両方を遮断するケースが63.6%であり、モバイル系(計95.2%)を中心に遮断しているとみられる。モバイルユーザーの場合、かつての「アラブの春」がそうであったように、ソーシャルメディアを使って民主化運動などを行う場合が多いとみられるが、213件の遮断事案のうち、フェイスブックが38件、ツイッターが33件となっており、遮断の対象となっているソーシャルメディアの中でもやはり利用者が多いものが対象になっている。

 こうしたネット遮断を行っている事案のうち政府が遮断したという事実を認めたものが116件(全体の54.5%)であり、その理由としては、フェイクニュースヘイトスピーチ対策を理由とするものが33件、予防的措置を講じたとするものが30件、公共の安全を確保するためのとするものが24件、国家安全保障を理由とするものが14件などとなっている。

 本報告書が明らかにしたのは、インターネットへのアクセスという基本的な人権が確保されていない国が増加しており、実際のネット遮断の件数が増えてきていること、そしてターゲットを絞った遮断をより長期間に行い、その理由としてフェイクニュースヘイトスピーチ対策を挙げている傾向が見てとれる。

 

欧州の新たな取り組み

 以上、2つの報告書からネットの自由を脅かす行為が世界各地で行なわれていることが明らかになっている。他方、冒頭のフリーダムハウス報告書で触れたように、欧州諸国のネット自由度が比較的高いと評価されている。しかし、ネット自由度が高いということは逆に他国からの干渉を受けやすいということでもある。欧州各国は特に他国から偽情報が発信され選挙結果などを不正に歪められることに危機感を抱いている。

 欧州委員会は2020年12月に発表した新しい文書「欧州民主主義行動計画(European Democracy Action Plan)」という文書の中で、サイバー空間における民主主義の維持に向けた3つの行動計画の柱を明らかにした。その柱とは、自由で公正な選挙の推進、自由で独立したメディアへの支援、そして偽情報対策の強化だ。

 欧州の偽情報対策は昨年から具体的な動きを見せており、偽情報対策のための行動規範を策定し、これをプラットフォーマーが自発的に遵守することを宣言する「共同規制」という手法を採用してきた。行動規範の遵守状況は定期的に欧州委員会に報告され、評価が行なわれた。これは2020年5月に実施された欧州議会選挙におけるサイバー空間上の偽情報による不当な影響力行使を防止することを目的としていた。

 欧州委員会は行動規範による取り組みで所期の目的は達成した(大きな影響はなかった)と結論づけたものの、今回の行動計画では、「コロナ禍において、外国勢力や特定の第三国、特にロシアと中国が偽情報による情報操作を行なっている」との認識を示しつつ、行動規範の強化に今後取り組んでいくとしている。

 具体的には、偽情報のもたらすインパクトやプラットフォーマーの偽情報対策の効果のモニタリングを行う他、スポンサー広告に紐付いた偽情報対策、ファクトチェック機関とプラットフォーマーとの間のオープンで非差別的な連携の強化、偽情報の拡散を制限するための方策の検討などを内容とする新たなガイダンスを来年春に公表するとしている。そして、この行動計画の効果については次回の欧州議会選挙が行なわれる1年前の2023年に評価することとしている。

  ネット空間における多様性を確保し、個人のプライバシーを守りながら、国内あるいは国内・国外の間のネット分断を回避することは、コロナ禍の現状にあっても守るべき最も重要なことだと言える。他方、ネットの自由を守るためにも偽情報の流布などを防止するために直接的な規制ではなく、表現の自由報道の自由を守りながら、官民連携型の偽情報対策なども進めていく必要がある。ネット上の自由を守るためには国・民間企業・市民社会が連携して取り組むことが強く求められている。(本稿中意見にわたる部分は筆者の個人的な見解です)

 

(参考文献)

(1) Access Now “Targeted, Cut Off, and Left in the Dark : The #KeepItOn Report on the Internet Shutdowns in 2019,” February 2020

https://www.accessnow.org/cms/assets/uploads/2020/02/KeepItOn-2019-report-1.pdf

(2) European Commission, “European Democracy Action Plan : Making EU Democracies Stronger,” December 2020 https://eurlex.europa.eu/legalcontent/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:52020DC0790&from=EN

(3) Freedom House, “Freedom on the Net 2020 : The Pandemic’s Digital Shadow,” October 2020

https://freedomhouse.org/sites/default/files/2020- 10/10122020_FOTN2020_Complete_Report_FINAL.pdf

 

ポストコロナの時代に向けて

 

    新型コロナウィルスの蔓延に世界中が懸命に対応している。今回のウイルスとの戦いは長期化することが避けられない状況だが、今回のウイルスが蔓延する前(ビフォアコロナ)の世界と当面のウイルスとの共存から感染の終息後(ポストコロナ)の世界を比較してみると、もはや元には戻らない不可逆な変化が生まれるのだろうという指摘が多い。

 その不可逆な変化というのは徹底したデジタル化(デジタル・トランスフォーメーション:DX)による行動変容(ニューノーマル)の実現だ。これは世界中で起きるだろうし、こうした取り組みに立ち後れると、国としての経済的なファンダメンタルズを著しく毀損することになりかねない。デジタル化を核とする社会経済構造の抜本的な見直しは不可逆な取り組みでなければならない。

 ただし、ポストコロナの時代のデジタル社会を描く際、情報通信政策の大幅な見直しや修正が求められるのかと言えば、必ずしもそうではないだろう。むしろ、これまでデジタル化を目指してきた世界観は変わらないし、今回の事案を契機として「デジタル化を加速的に一気に進めなければならない」という緊要性が顕在化したということだろう。

 ポストコロナの時代の情報通信政策を考える際、大きく分けて以下の5つの点が重要な論点になる。

 

デジタル革命に関するビジョンの共有化

 

 第一に、サイバー空間への依存度が飛躍的に高まる中、デジタル革命によって何を実現するのかについてビジョンが共有されなければならない。

 現下の状況において人と人との接触を可能な限り避けつつ経済活動のレベルを上げていくためには、サイバー空間における活動範囲を劇的に増加させる必要がある。こうしたデジタル革命は、2つのフェーズに分けて考えることができる。第一段階はリアル社会の活動をサイバー空間に置き換えるフェーズ。これに続く第二段階は、リアル空間とサイバー空間の時空同期が当たり前になり、社会経済システムの改革と新たな価値創造が生まれるCPS(Cyber Physical System)が実現するフェーズである。

 このうち、第一段階のデジタル革命についてはIT基本法が施行された2001年以降、働き方、医療、教育、行政など様々な分野でオンライン化が進められてきたが、残念ながらその取り組みは部分的だった。現在、テレワーク、遠隔医療、遠隔教育などが“臨時的”な取り組みとして広く行われているが、こうした取り組みは今後広く定着する方向で環境を整備していかなければならない。行政クラウド化、マイナンバーカードのさらなる多機能化、GIGAスクール構想の推進など、流れが元に戻らないよう進めていく必要がある。その関連では、規制制度改革も併せて進めていく必要がある。

 次に第二段階のデジタル革命、つまりCPSの実現という点についてはデータを経済成長のためのエンジンとするための仕組み作り、換言すればデータ主導社会(Data Driven Society)の実現に向けた取り組みに全力を傾注する必要がある。CPSの実現はリアル空間における支障事案(大規模な自然災害や今回のような感染症の蔓延)という外的ショックが発生した場合にはサイバー空間において行う活動の比重を高めることでショックを可能な限り吸収できるという意味で、外的ショックに強い社会経済システムを実現するということでもある。

 さて、こうした2段階の取り組み(技術革新の効果の発現)は、かつての産業革命の発展段階に似ている。蒸気機関が発明されて労働の在り方が根本から変革された第一次産業革命に続き、蒸気機関を動力として使う鉄道や船舶が発達した第二次産業革命において、都市への労働力の流入、工場における大量生産、これを支える都市における大量消費が可能となり、社会経済システムを大きく変えた。第二段階のデジタル革命はまさに第二次産業革命に匹敵する社会経済的インパクトをもたらすものであり、その実現に向けては以下の5項目が重要だろう。 

  • データ活用型連携の推進:第一段階のデジタル革命は、行政、医療、教育など個別の領域内における情報化であり、そこから生み出されるデータの活用についても領域内にとどまっていた。しかし、第二段階においては異なる領域のデータを連係させるデータサプライチェーンの実現が重要になる。そのためにはシステム間のAPIの共通化、データの相互参照性の確保などに取り組むことに加え、特に個人情報については個人の情報コントロール権の確立、情報仲介業務(情報銀行を含む)の普及促進などに取り組む必要がある。こうした取り組みを通じ、社会経済システムで起きていることをデータ解析によってより細かい粒度で把握し、データの質・量・流通速度の向上を通じた社会課題解決のためのソリューション作り(ソリューションのパフォーマンス管理や改善を含む)がCPSのデータ流通の過程で円滑に行われるようにしていく必要がある。
  • 分散型社会への移行:今般のテレワークの拡大やシビックテックコミュニティと公共部門の連携(例えば東京都におけるコロナ関連情報サイトの構築)など、物理的な制約のないサイバー空間ならではのアジャイルな事業組成の可能性が散見された。今後、個の力を連携させた、既存の組織の枠を越えた分散型社会への移行が進む可能性がある。また、IoTが本格的に普及していく中、そこから生成される膨大なデータを処理し、リアル社会にフィードバックしていくためにはエッジコンピューテイングを活用したインテリジェンスの分散も早急に取り組むことが求められる。
  • サイバー完結型社会の実現:非接触型ビジネスが今後伸長するとの指摘が多いが、重要なのはサイバー空間に完結する取引を円滑にするための環境整備であり、その中核となるのがトラストサービスである。具体的には、企業の文書を例に挙げると、文書作成者の真正性を証明する「電子署名」、文書を発行する組織の真正性を証明する「eシール」、データの存在証明・非改ざん保証を行う「タイムスタンプ」、さらにこれらの要素を組み合わせて文書を送達する際の電子版書留に相当するサービスを実現する「eデリバリー」などの制度化を進める必要がある。このうち、電子署名についてはクラウド上で署名するリモート署名の制度化が現在進められている他、タイムスタンプに係る国の認定制度やeシール認証事業者に対する民間の認定制度(国が一定程度関与した基準に基づく)などが総務省において検討されており、早期の制度化が望まれる。また、こうした取り組みを進めるのと並行して、ハンコ文化やジョブ型勤務など企業の労働慣行の見直しも進めていく必要がある。さらに、デジタル通貨を活用することもサイバー完結型社会の実現には不可欠だろう。すでに民間企業等において、また国際的にも米中欧をはじめデジタル通貨の検討が進められており、こうした取り組みが今後加速化していくことが期待される。
  • グリーンニューディールの実現:デジタル革命を進め情報通信システムへの依存度が高まる中、トラフィックの増加に伴って消費電力も増加していく。我が国において2016年から2030年の間に通信トラフィックは36倍になると予測されているため、省電力化が行われない場合、情報通信システムの消費電力量も36倍になる。これは現在の我が国全体の年間電力消費量の1.5倍にあたる(国立研究開発法人科学技術振興機構「情報化社会の進展がエネルギー消費に与える影響( 1)」(2019年3月)参照)。このため、ポストコロナ時代のデジタル革命を推進していくためには、情報通信システムはもとより、スマートシティ等の取り組みの中に省電力のためのシステムを組み込み、地産地消型のスマートグリッド基盤の整備をはじめ省電力が新たな産業を生み出すグリーンニューディールを推進する必要がある。
  • サイバーセキュリティの抜本的強化CPSの実現に向けた取り組みの中でサイバーセキュリティ対策の抜本的な強化も課題となる。今般の感染症の蔓延状況の中、国際機関をはじめ医療研究機関、病院、政府機関等へのサイバー攻撃、ウェブ会議システムの脆弱性を突いた攻撃、工場等に対するランサムウェアによる攻撃、膨大な偽サイトや偽メール等、サイバー空間の脅威が高まっている。サイバー攻撃への対処は単なる費用ではなく、企業や組織の価値を高める投資であるという認識を広く共有するとともに、テレワークに関するセキュリティ対策、サプライチェーンリスクへの対応、インシデント情報・脆弱性情報に関する業態を越えた情報共有、C2サーバーの自動検知などAIを活用した積極的防護措置の強化、量子暗号の開発促進、サイバーセキュリティ保険の普及、サイバーセキュリティ人材の育成等に積極的に取り組んでいくことが求められる。

 

公共目的のためのデータ活用とプライバシー保護の適正なバランス

 

 第二に、データ主導社会を実現する上で、公共目的のためのデータ活用とプライバシー保護の適正なバランスの確保を継続的に実現していかなければならない。

 今回の感染症対策の過程において、携帯各社は利用者の保有するスマートフォン(あるいはスマートフォンに搭載したアプリ)から収集される位置情報を統計的に処理したデータから都市における人の流れ(人流)の変化、つまり、外出自粛が求められる中で人々の行動変容がどの程度起きているのかを数値化する「見える化」が行われた。こうしたデータは政府や地方自治体のHPでも公開され、人々の行動変容の努力の成果を具体的に提示することに貢献してきた。

 個人データを収集することは、個人情報保護法の規律に従い、プライバシーを保護する形で行われなければならない。つまり、先ほど紹介したモバイルデータのように統計的に処理された匿名加工情報として活用されなければならない。仮に個人のデータを識別可能な形で利用するとすれば、個人の明確な同意を得ることが大原則であるし、いつでもデータの提供を中止できるオプトアウトの仕組みを取り入れなければならない。

 他方、一部の国では感染拡大を防ぐ観点から、個人の行動履歴(位置情報)、決済情報、健康情報などを国が一元的に監理し、個別に国民の活動を制限したり、都市のロックダウンによる外出禁止のルール違反を犯した場合には罰金を課している事例がある。こうした取り組みは感染症防止対策という公共の福祉の観点からみると効率的で効果も高い。しかし、これは我が国の個人情報保護法EUGDPR(一般データ保護規則)の考え方からするとプライバシーを侵害しているものであり、容認されない。例えば中国は個人情報を最大限活用して人々の行動変容を半ば強制的にもたらしており、こうした取り組みは「デジタルレーニン主義」とも呼ばれている。

 公共の目的を果たすのは政府の役割だが、プライバシーを侵害することは許容されない。今回の事案は公共の目的とプライバシー保護の相克という微妙なバランスの中で政府の役割の果たし方が問われている。デジタル技術のさらなる進化によって個人の補足が少なくとも技術的には一層精緻に行えるようになることが見込まれる中、今後こうした議論がさらに活発化していくだろう。

 

グローバル社会におけるルール・秩序のあり方

 

 第三に、グローバル社会におけるルール・秩序のあり方に注意を払わなければならない。

 サイバー空間は国境がなく自在に距離と時間を越えてつながることができるグローバル性が最大の特徴の一つである。他方、感染症他施策はグローバル連携も求められるとはいえ、基本的に各国において国内の対策として行われるローカル性がある。今後、ヒトやモノの流れ(往来)はなかなかビフォアコロナの状況まで完全にもどることは見通せない。新型感染症の蔓延によって生産拠点は休止に追い込まれ、サプライチェーンが寸断された。おそらくサプライチェーンの複線化や自国生産への部分的な回帰が起こるだろう。その際、フラット化してきたグローバルな世界において「自国第一主義」が再び力を増し、保護主義的な動きやブロック経済の構築が顕在化する可能性(懸念)は否定できない。

 特に新型感染症を巡り、米国と中国との間の対立の構図が先鋭化する可能性がある。これまで米国は中国のファーウエイ製機器の利用を国内で禁止するなど、中国に対してデジタル技術の分野で厳しい目を向けてきた。それは主としてサイバーセキュリティや国家安全保障の観点からの懸念に基づくものだった。いわば米中のデジタル覇権争いが激化しているわけだが、その覇権争いが今回の一連の騒動を契機として一層熾烈なもの(デカップリング)なものになるとの指摘も多い。こうした問題はデジタル経済の進展に伴う経済安全保障の問題とも密接に関連してくるかもしれない。

 これに関連して、国際機関の果たすべき役割についても見直しの議論が起きる可能性がある。WHO(世界保健機構)のあり方について様々な議論が起きたが、WHOにとどまらず、国際機関が今回のような危機的状況においてどのような役割を果たすべきなのかといった議論がポストコロナの世界において加速化する可能性もあるだろう。

 こうした保護主義的な色彩の強い自国第一主義の台頭を防ぎ、国境を越えたデータの自由な流通(DFFT:Data Free Flow with Trust)を引き続き維持していくことが必要であり、データの自由な流通を確保・発展させていくための国際的なコンセンサスの醸成に向け、ポストコロナの世界においても冷静に議論を積み重ねていくことが求められる。また、DFFTを実現するための具体策の核となるのが第一の項目(サイバー完結型社会の実現)で言及したトラストサービスの早期の実現である。データの真正性を保証した国境を越えた流通を確立するためには、トラストサービスの国境を越えた連携実現を図る必要があり、関係各国との連携や標準化を急ぐ必要がある。

 

偽情報対策と表現の自由のバランス

 

 第四に、偽情報対策と表現の自由のバランスについて十分な注意が払われなければならない。

 今般の新型感染症対策に関連して偽情報(disinformation)問題も深刻化している。感染症に関する偽情報、ウイルスに関する陰謀説、偽の物資不足情報、5Gがウイルスを伝搬しているという偽情報など、数多くの偽情報が急激に拡散した。こうした中、例えばヤフーは、ヤフー検索においてユーザーが「コロナウィルス」を検索すると厚生労働省等の公的機関が発信している情報、医師や医療機関が監修した情報、大手報道機関によるニュース記事など、信頼性が高い情報を一覧にして検索結果画面に掲出している。同様に、グーグル検索においても「コロナウィルス」を検索すると厚生労働省のサイトやWHOの英語サイトの情報を表示している。その他、フェイスブックでは、コロナウイルスに関連する用語を検索する際に厚生労働省のサイトで最新情報を確認するよう促すメッセージを表示するなど、様々な取り組みが行われている。こうした取り組みをさらに充実することで「正しく対応する」機運を醸成していくことが必要だろう。

 偽情報への対策については、表現の自由への萎縮効果が生まれないよう民間部門における自主的な取り組みを基本とすることが適当であり、政府はこうした民間の取り組み状況を注視する姿勢が求められる。特に個別のコンテンツを削除するかどうかなど、個別のコンテンツの内容判断に関わるものについては、表現の自由の確保などの観点から、政府の介入は極めて慎重であることが求められる。

 このため、偽情報対策として、国内外のソーシャルメディア関係事業者、通信事業者、有識者、政府(オブザーバー)など関係者で構成するフォーラムの第一回会合が開催された(本年6月)ところであり、今後、各主体の自主的な取り組みとしてどのような対策が講じられているのかといった情報共有を通じて議論が深められていくことが期待される。

 また、グーグルなどのプラットフォーム事業者が自主的に透明性やアカウンタビリティ(説明責任)を果たすことが期待される。具体的には、プラットフォーム事業者が偽情報対策のポリシー(方針)の明確化、対応結果(透明性レポート)の策定・公表、対応結果の効果に関する分析、研究者などの第三者による調査分析に必要なデータの提供、検索結果などを提示する際のアルゴリズム(対応・判断の手順)の透明性の確保、削除依頼などの苦情処理プロセスの整備などを行うことが想定される。

 なお、仮にプラットフォーム事業者による自主的な取り組みの効果がない場合、政府として一定の関与を行うことも考えられる。具体的には、例えば欧州委員会における取り組みが参考になる。欧州では偽情報対策に必要な行動規範(code of conduct)を欧州委員会が定め、その趣旨に賛同するプラットフォーム事業者が行動規範に署名し、自主的に遵守する。その結果については公表し、欧州委員会が分析を行い、分析結果を公表している。つまり、対策の方向性は欧州委員会という公的機関が定め、自主的に民間事業者がこれを遵守し、対応結果については再び公的機関が検証を加えるという官民連携の取り組みである。こうした取り組みは共同規制(co-regulation)と呼ばれており、国による一律の規制でなく、また完全に民間主体の自主的な取り組みでもない、その中間を埋めるようなアプローチとして位置づけられている。

 加えて、ICTリテラシー教育(単に情報を読み解く力だけでなく、SNSの特性を踏まえた情報発信のあり方を含む)の推進、偽情報を見破るための技術開発の推進、偽情報対策に関する国際対話の推進などについても推進していく必要がある。

 サイバー空間が日常生活や社会経済活動に欠かせないものとなった今、こうした取り組みを多様な主体の連携の下で進めていくことの必要性がますます高まっている。

 

将来のネットワーク基盤整備と新産業育成の道筋の明確化

 

 第五に、2030年を見据えたネットワーク基盤整備とこれに伴う新産業の育成に向けた道筋を明確化していかなければならない。

 ネットワーク基盤整備に関して最も重要なのはBeyond 5G (いわゆる6G)の実用化に向けた道程の明確化である。今後のネットワークはハードとソフトの分離が進み、汎用機器(ハード)にソフトウェアで機能定義が行われるようになり、AIを活用したネットワークリソースのオーケストレーションが進む。ネットワークを仮想的にスライスし、リソースの柔軟かつ迅速な配分によるネットワーク機能の強化が実現する。光ファイバ(固定網)と無線網の有機的な連携も進み、5Gのもつ機能(高速大容量、低遅延、多数同時接続)がさらに強化されるとともに、超低消費電力、ゼロタッチで制御される自律性、陸上のみならず海洋や宇宙を含む三次元の拡張性、超安全性・信頼性などの特徴を持った次世代網であるBeyond 5Gが2030年をめどに実現することが期待される。

 このBeyond 5Gをグローバルな連携の下に実現していくための研究開発戦略(次世代新技術の開発)、知財標準化戦略、展開戦略(Beyond 5Gに向かうための5G普及の推進)を三位一体として進める必要がある。Beyond 5Gはすべての産業の基盤として機能し、もたらす経済的波及効果も極めて大きい。一国の神経網としての基盤整備は国の経済安全保障の観点からも最重要の課題の一つとなっていくだろう。(総務省Beyond 5G推進戦略懇談会「Beyond 5G推進戦略」(2020年6月))

 

 本稿で取り上げた5つの項目は情報通信政策のあり方を網羅的に整理したものではない。あくまで、新型感染症の蔓延に伴って我々が経験した様々な事例を踏まえ、そこから直接導出される政策課題と対処の方向性を示したものにとどまっている。今後、こうした「気づき」を踏まえつつ、より俯瞰的にポストコロナ時代の情報通信政策のあり方について議論を深めていくことが求められよう。

 

 最後に、新型感染症が蔓延する中、インターネットをはじめとする情報通信基盤があったからこそ乗り越えられたことは多い。情報通信基盤の維持のために多くのエッセンシャルワーカーが昼夜を分かたず力を尽くしてこられたことに、この場を借りて心から感謝したい。(本稿中意見にわたる部分は筆者の個人的な見解です)

 

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プラットフォームの中立性

 

 2019年7月23日、米国司法省はプラットフォーマーと呼ばれる巨大IT企業が反トラスト法(独占禁止法)に違反して市場競争を阻害しているかどうかについての調査を開始すると発表した。今回は、プラットフォーマーのデータ独占についてどのような対処法があり得るのか、いくつかの文献を基に議論を整理してみたい。

 

プラットフォーマーの持つネットワーク効果

 プラットフォーマーのビジネスモデルはネットワーク効果を持つ。ネットワーク効果というのは、プラットフォームの利用者が増えるほどSNS上で友達を増やしたり、より多くのコメントが投稿されることで利便性が高まり、さらに利用者が増加する効果(直接的ネットワーク効果)をいう。

 また、間接的なネットワーク効果も存在する。プラットフォーマーは「両面市場」(物を購入するなどの利用者の市場と物を販売するなどの事業者の市場という2つの市場がプラットフォームをサンドイッチのように挟んで機能しているという意味)と呼ばれる特徴を持っているが、これは利用者が増えるほどたくさんの顧客データを集めることができるため、より多くの販売者がプラットフォームに集まる。より多くの販売者が集まると選択の幅が広がり、利用者の利便性が高まることから利用者の数が増加すること、つまり間接的なネットワーク効果を意味する。

 そして、こうした直接的または間接的なネットワーク効果を通じてプラットフォームは巨大化し、独占性を高めることになる。こうした独占性は国境を越えてサービスを提供することでスケールメリットを最大化できるし、取り扱っているデジタル商材は限界費用ゼロで複製可能であることからスケールメリットを一層効果的にすることも可能だ。

 

プラットフォーマーの市場独占性と価格要素

 それではプラットフォーマーはデータを独占することで市場の競争を阻害しているのだろうか。その判断は一筋縄ではいかない。それは従来の独占禁止法の考え方とは大きく異なる点があるからだ。従来の独占禁止法の世界では、ある商品・サービスの市場を特定(画定)し、その市場の中で価格を支配する力を持っている事業者が存在している場合などに独占力(市場支配力)を認定し、排除命令などによって市場競争を回復させることが一般的だ。

 しかし、プラットフォーマーの場合、市場の範囲が至極複雑かつ多様であり、検索、SNS電子商取引のほかにも、携帯OS(iOSやアンドロイド)や独自コンテンツの製作(アマゾンなど)に至るまで多岐にわたる。このため、市場の画定を行うことが難しい。しかも、ある市場で得たデータを別の市場で利用するなど、従来の市場の枠を越えてデータを活用することも行われている。これは投入財であるデジタルデータの複製(利用)コストがゼロであるという点が有利に働いている。加えて、価格を支配するだけの市場支配力を持っているかどうかという点でみても、フェイスブックやグーグルのサービスは利用者向けには原則無料で提供されているため、市場(価格)支配力の認定を行うことがそもそも難しい。

 この市場支配力の認定については、近年、価格だけが見るべき要素ではないという見方が有力になってきている。例えば、冒頭触れた米国司法省のデラヒム司法次官補は「利潤最大化のための価格がゼロであるデジタル市場においては、特に価格要素だけで市場のダイナミクスの俯瞰図を描くことはできない」とした上で、イノベーションの阻害、例えば新しい技術を市場に送り出そうとする新興企業の買収や、プライバシーの侵害のようなプラットフォーマーの提供するサービス品質の信頼性なども問題になり得ると指摘している。また、本来、市場メカニズムは価格のみを市場のシグナルとして需給の調整(マッチング)が行われてきたが、プラットフォーマーは商品・サービスに対する好みなど様々な非価格的なデータも駆使してマッチングを行うようになってきていることから、価格のみならず非価格要素を市場支配力の有無を検討する際の評価軸として持つことが重要となってきている。(V.マイヤー・ショーンベルガー&T.ランジ「データ資本主義」(2019年3月、NTT出版)つまり、市場支配力の認定に際してはプラットフォーマーがどのようなデータをどれだけ保有し、これを活用することで需給のマッチング力を強化し、競合他社が持ち得ない事業の優位性を獲得しているかどうかがポイントになる。

 

領域を越えたデータ市場に着目

 それでは前者の「市場の範囲が至極複雑かつ多様であって市場の画定が困難」という点についてはどう考えることができるだろう。プラットフォーマーの強みは利用者から獲得する膨大なデータにある。これらのデータの収集・加工・分析によってプロファイリング(個人の趣味嗜好のモデル化)を行い、最も適した商品のレコメンドを提示したり、最も好まれるコンテンツをタイムラインに表示することができる。また、こうしたデータは量だけが競争力の源泉ではなく、データの範囲の広さ(より多くの領域のデータを収集していることが強みになる)やフィードバック(プラットフォームが利用者に提示した商品やコンテンツに対する利用者自身の反応、例えば「購買行動に結びついた」や「いいね!」ボタンを押したという行動結果)も貴重なデータとして蓄積される。整理すると、プラットフォーマーのデータ収集の強みは、データの量、範囲、フィードバックの3つの要素が重要であるとの指摘がある(前掲「データ資本主義」)。

 とすると、個別の市場ごとに市場を画定して市場支配力をみるのではなく、様々なサービスを提供することによってプラットフォーマーが蓄積するという意味で、領域を超えた「データ市場」における市場支配力を検証するということが必要になってくる。ただし、「データ市場」そのものの外縁を画定することもまた難しい。このため、プラットフォーマーの売り上げ規模、利用者のロックインの状況などの要素と蓄積データ量の関係から市場支配力の有無を導出する手法を開発することが必要になるだろう。

 プラットフォーマーの収集するデータはもともと利用者個人が提供したデータであるが、これらのデータをビッグデータ化する際に市場支配力が生まれる理由は何だろうか。

 それは一つひとつのデータが持っている価値よりも集積されたデータの方がより価値が大きいからに他ならない。複数のデータを組み合わせることで「今まで見えなかったものが見えてくる」という意味で新たな価値が生み出されるし、その可能性はデータの量・範囲・フィードバックが大きいほど高まることになる。したがって、ビッグデータを持っている巨大なプラットフォーマーになればなるほどデータの価値を生み出す能力や需給のマッチング能力が高まり、これを燃料として直接的または間接的なネットワーク効果を効かせて市場支配力を高めることが可能になる。

 

市場支配力を打破するための対策

 ではこうして生成された市場支配力を打破し、競争阻害の要因を取り除くにはどうすればよいだろうか。一つには市場支配力のあるプラットフォーマー保有しているデータを他のプラットフォーマー等に移転することができるデータポータビリティ(持ち運び可能性)を高めることが考えられる。そのためにはデータの相互運用性を高めるための環境整備を進める必要がある。(英国財務省「データの経済的価値」(2018年8月)【注1】)

 事実、そういう動きも出てきている。例えば、2018年7月、フェイスブック、グーグル、マイクロソフトフェイスブックツイッターの4社は、データを他社のサービスに直接移転できるようにする取り組みである「データ・トランスファー・プロジェクト」を発表している(最近、アップルも本プロジェクトに参加)。そして、市場支配力が無視し得ないほど大きいプラットフォーマーの場合、蓄積したデータのオープン化を行い、他のプラットフォーマーにもデータを利用することを認める必要がある。

 こうした観点から、総務省経済産業省公正取引委員会が公表した報告書においても、データの移転・開放のルールの在り方について、その手法を含め様々な観点から議論が行われている。具体的には、①現在利用しているプラットフォーマーAの保有する個人データをいったんダウンロードして、これを新たに利用しようとしているプラットフォーマーBに提供する手法、②利用者の指示に基づき、AからBに対してデータの複製を行う手法、③AのAPIを開放し、利用者の指示に基づき、BがAPI経由でAの保有するデータにアクセスする手法などが例として上げられている。(デジタルプラットフォーマーを巡る取引環境整備に関する検討会~データの移転・開放等の在り方に関するWG「データの移転・開放等の在り方に関するオプション」(2019年5月)

 本報告書では、上記で述べたデータ開放策をどのプラットフォーマーに適用するかという点についても言及されており、市場支配力の有無や利用者のロックインの程度などを評価軸にして適用することを提案している。この点、前掲「データ資本主義」ではより強い選択肢を提案している。すなわち、市場の集中度が高まることにつれて競争阻害要因がより深刻になることを踏まえ、市場集中度の高まりに対応してデータ共有命令がより強力に稼働する仕組みとして、「累進型データ共有命令」という仕組みを提案している。これは企業の市場シェアが例えば10%を越えた場合に命令が行われ、適用対象企業は他の競合企業から要求があった場合には自社のフィードバックデータから一定量をランダムに選択し、これを提供しなければならないというものだ。

 データの移転可能性という点について、日本経済研究センターの岩田一政理事長は「デジタル資本主義が“良い社会”を実現できるかは、プライバシー保護を基礎とした個人によるデータの制御可能性を高め、データの価値に関する透明性向上が出発点になる」としつつ、加えて、「個人情報の“忘れられる権利”や自分のデータを持ち運ぶ“データポータビリティ”の確立のみならず、情報銀行の活用や個人がAIやデータを活用するプロセスで新たな価値創造に積極的に参加し、その努力の成果に見合った報酬が得られる仕組みが構築できるかが問われている」と指摘している。(岩田一政「エコノミスト360°視点~デジタル課税は関税か配当か」(日本経済新聞(2019年6月28日))

 

アルゴリズムの閉鎖性をどうみるか

 さらにデータの量・範囲・フィードバックだけではなく、これらのデータを基に開発されたアルゴリズムプラットフォーマーの独占性を高めているという指摘もある。プラットフォーマーが市場支配力を用いて強力なアルゴリズムを開発し、これを梃子にして更に利用者や企業を自らのプラットフォームに誘因するというメカニズムが働くのであれば、アルゴリズムそのものの透明性や説明責任の是非についても検討を加えることが必要になるだろう。この点、英国上院の報告書では、「データが収集されることを利用者がよりコントロールできるよう、一層の透明性が必要」であり、「アルゴリズムの利用を含むデータ利用の透明性が確保されることが必要」と指摘している。(英国上院「デジタル世界における規制」(2019年3月)【注2】)

 

プラットフォームの中立性

 データの活用時に注意を払わないといけないのは、個人情報保護の視点である。オープン化するデータが匿名化されたデータでなければ個人情報の第三者への提供となり、個人の許諾を得ていない場合は個人情報保護法に違反する行為となる点にある。また、十分な匿名化措置が講じられていない場合、オープン化されたデータを他のプラットフォーマーが利用するとして、そのプラットフォーマーがすでに保有しているデータと結合させて個人の属性を再び識別できるようにする再識別が可能となり、その結果、個人が特定されてしまう可能性がある点にも留意が必要だろう。

 このようにデータを独占しているプラットフォーマーを巡る議論が欧米はもとより我が国においても様々な観点から行われるようになってきている。競争法のような法規制によって市場の健全性を維持していくのか、あるいは緩やかな規律原則を国が定め、この規律原則に基づく運用方針をプラットフォーマーが自ら規定・運用する共同規制型のアプローチが望ましいのかという「規制の手法」に関する議論も必要だ。

 プラットフォーマーのデータ独占やデータ開放・アルゴリズムの透明性の確保といった検討課題は、プラットフォームという存在の中立性をどう担保するのかという「プラットフォームの中立性」とでもいうべき議論になっていくのかも知れない。(本稿中意見にわたる部分は筆者の個人的見解です)

 

 【注1】HM Treasury (UK) “The Economic Value of Data” (August 2018)

【注2】Select Committee on Communications, House of Lords (UK) “Regulating in a Digital World” (March 2019)

 

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データの経済的価値

 

 情報通信技術の活用は経済成長をもたらす。例えば平成30年情報通信白書(18年7月)によると、ICT分野における技術革新、資本の増加、労働力の投入の3つの要素を通じ、生産性が向上し、経済成長を生み出しているとしている。しかし、従来の経済統計ではデータの価値を定量的に取り扱うことを想定していない。総務省懇談会における岩田一政構成員(日本経済センター理事長)の資料(19年4月)によると、「これまでの経済学ではデータは主に資本に付随するものとして扱われてきた」が、今では「価値を生み出す“新たな資産”として位置づけられるべきものになった」としており、「生産に用いられる資産(生産要素)として、データと資本を分離し、それぞれの生産性向上への貢献を継続すべき」としている。

 

 この点は前掲の情報通信白書においても問題意識が述べられている。具体的には、「新しいサービスにより創出された付加価値が現行統計で捉えきれていない」という状況にあり、「無形資産についても研究対象とされている無形資産の概念は会計的に認識されている項目より幅広いため、まとまった資産項目として把握することが難しく、定義上の限界や計測の限界があり、国際的な課題である」という指摘を紹介している。つまり、世界経済フォーラムが「データは21世紀の石油である」と指摘する”データの重要性”は広く一般に認識されるに至っているものの、”データの価値”を経済的に算出することが現在の枠組みでは不可能であり、その結果、データの価値が過小評価されているということができる。

 

 データの経済的価値を正しく評価していくためには様々な課題があり、国際的な連携や共同研究などを実施していく必要がある。そして、こうしたデータの経済的価値を計測する上で重要な取り組みも少しずつ生まれ始めている。

 

 例えば、情報流通市場の取り組みがある。データの需要側と供給(提供)側が参加するデータ交換のための市場を作ろうというものだ。これにより、どのようなデータがどの程度の価値があるのかについて需給バランスを通じた価格形成が進む可能性がある。その際、データ単体での価値のみならず、データが連結することで生み出される付加価値が定量的に捉えられる可能性がある。

 

 これとは別に情報銀行という取り組みも進んでいる。これは個人などが自らの個人データを情報銀行に預け、自らの運用方針に基づいて第三者に個人データを提供する仕組みだ。こうした取り組みを進めていく上での隘路の一つとなっているのが、個人によるデータ提供に対する対価の支払いである。ポイントによる還元、様々なサービスの無料利用などの特典を個人に還元することが考えられるが、仮に個人データの価値が経済的価値として客観的に評価されるようになれば、個人データの提供の見返りとしてどのような対価を提供するべきかという点について、より客観的に示すことができるようになる可能性がある。

 

 データの価値というものは個人データに限られない。例えばスマートシティという取り組みが各地で行われている。街中に設置したセンサー類を通じて人や車の流れ、CO2排出量、ゴミの蓄積量など様々なデータを収集し、これを基に都市経営の効率化や都市機能の高度化を図っていこうという取り組みだ。しかし、こうしたスマートシティの取り組みにおいて、スマートシティによって生み出される経済的価値がどれだけなのか、どこまでスマート化すれば所期の目的を達成できたのかという評価基準が定まっておらず、このため、スマートシティへの取り組みについて地域住民等の理解が得られにくいという問題がある。例えば街中のゴミ箱のゴミ蓄積量をセンサー経由で把握し、このデータに基づいてゴミ収集車の収集ルートの最適化を図ることができる。その際、最適化する前のコストと最適化後のコストを比較することでコスト削減効果を客観的に示すことができる。しかし、こうした取り組みはコスト削減効果のみを示すものであって、付加価値の創出がどの程度行われているのかまではわからない。仮にデータの価値が図ることができれば、スマートシティにおいて収集されるデータの客観的な価値を推計し、スマートシティの構築・運営コストと比較することで付加価値を推計することが可能となり、スマートシティの取り組みがさらに進むことも期待されるだろう。また、欧州におけるスマートシティのプロジェクトを見ると、スマートシティで収集されるデータの取引市場を同時に作り、データ販売収入をスマートシティの運営に充当することでスマートシティのサステイナビリティを上げようという取り組みも一部で行われている。

 

 さらに、昨今議論が活発化しているGAFA等のプラットフォーマーを巡る議論にも貢献するだろう。プラットフォーマーは膨大なデータを収集しており、これを梃子に市場支配力を濫用しているとの指摘もある。しかし、プラットフォーマーがデータを蓄積することでどのような市場支配力を持つに至っているのかについて客観的に分析することは現状ではかなり難しい。データの経済的価値を算定し、これに基づきプラットフォーマーの資産価値を推計することができれば、これを基に市場支配力の濫用の可能性などを客観的に分析することも可能になってくるかも知れない。

 

 データが価値創造の中心を担うデータ主導社会の実現に向けて、データの経済的価値をどのように計測するのか。この問題の解決には多くの時間と労力を要すると思われるが、多くの専門家の知恵を集めて解決策の提示や国際的なルール作りに取り組んでいくことが必要だろう。(本文中意見にわたる部分は筆者の個人的見解です)

 

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フェイクニュース等を巡る議論

 

 欧米においては米大統領選、フランス大統領選、英国におけるEU離脱に関する国民投票など、様々な局面でフェイクニュース・偽情報が拡散し、国を二分するような大論争が生まれてきた。このため、欧米ではフェイクニュース等の発生あるいは拡散のメカニズムについて様々な観点から検討が加えられてきた。ところが、日本におけるフェイクニュース研究はまだ緒についたばかりだ。その背景として、英語などの汎用性の高い言語を使っている欧米に比べ、日本の場合は日本語環境の中で比較的フェイクニュースが発生する事案は限られているという議論をする向きもあった。しかし、サイバーセキュリティの議論においても、かつては日本は日本語環境に守られているために欧米ほどサイバー攻撃を受ける可能性は大きくないと言われることもあったが、現在、国内においても熾烈なサイバー攻撃が行われている。フェイクニュースも欧米と同様の深刻な状況になる可能性は十分あると考える方が適当だろう。

 

 笹原和俊氏(名古屋大学大学院情報学研究科講師)の著作「フェイクニュースを科学する」(2018年12月、化学同人刊)は、フェイクニュースについて海外の様々な研究グループの研究成果を引用しながら分析しており興味深い。笹原氏はフェイクニュースを情報生態系の問題としてとらえる必要があるとしている。すなわち、「情報生態系は情報の生産者と消費者がさまざまな利害関係の中でつながりあったネットワークを形成し、人々の興味関心、共感や偏見、経済的あるいは政治的な思惑、メディアやジャーナリズム、デジタルテクノロジーなど、さまざまな要因が絡みあって進化してい」るとみている。

 

 インターネットの黎明期には「みんなの意見は意外と正しい」ということが言われた。多くの意見をネット上で共有することで自ずと正しい意見に収斂していくというもので、ネット民主主義などといわれ、新時代の到来を思わせる高揚感すら感じられた。この時代と現代を比べると幾つかの大きな相違点があるだろう。

 

 第一に、ネット利用者の裾野が格段に広がったこと。ネット黎明期は技術的知識や知的関心の高い人たちがネット利用者の大半を占めていた。しかし現代においては先進国・途上国を問わず、また所得階層の区別なくネット利用が進み、またこれまでメディアでのみ伝えられていた情報がネットで容易に手に入るようになった。このため、大衆の怒り、恐れ、嫌悪といった負の感情がネット上にあふれることになってきた。第二に、ネット黎明期には掲示板やホームページなどの情報を一方的に利用者が閲覧するか、せいぜいメールによって限られた人たちの間で情報のやり取りが行われていた。しかし、現代はSNSによって不特定多数が相互につながり、同じような意見や考え方に対して賛同したり、異なる立場の見解を非難したりするプロセスが誰でもネット上で閲覧可能な状況になっている。第三に、ネット黎明期にはインターネット経由で得られる情報に限りがあったが、現代においては情報過多ともいえる状況が生まれ、供給される情報の消費が追いつかない状況になっていると言える。

 

 情報が過多であったり、情報が不十分な場合に勝手に補完したり過度に単純化したり、また、情報の消費に十分な時間がかけられないために短絡的あるいは合理的でない行動に結びつく可能性がある。また、自分の頭の中で記憶できる容量に限りがあるため、記憶を自分で編集したり過度に一般化してしまう。こうした特徴により、情報を正しく認知できず、バイアスが生じる。これが「認知バイアス」と呼ばれるものである。人は「見たいように見る」動物だとも言える。

 

 そして「自分の回りの多くの人たちがよいと言っているものはよいはずだ」といった同調圧力によるバンドワゴン効果も働く。その際、自分の周りの人たちというけれども、その周りの人たちは自分の考えに近い人たちが集まっているのであり、これがエコーチェンバー(反響室)効果と呼ばれるものになる。しかも、先ほど述べたように、怒り、恐れ、嫌悪といった負の感情はより大きな認知バイアスバンドワゴン効果を生みやすく、負の連鎖とでもいうべき動きが広まっていく可能性が高い。

 

 さらに、フィルターバブルがこうした状況に拍車をかける。フィルターバブルはインターネット活動家のイーライ・パリサーが著作「閉じこもるインターネット」(2012年2月、早川書房)の中で使った用語だが、検索エンジンなどを使っていくうちに一人ひとりの好みを検索エンジンが学習し、パーソナライズ化することで、各人にとって最も望ましい検索結果が表示されるようになる。これがフィルターバブルと呼ばれる現象であり、同じ用語を複数の人が同じ検索エンジンで検索しても検索結果が異なるのはパーソナライズ化のロジックが検索エンジンの中で動いているからに他ならない。そのため、先ほどのように考えの共通する人たちが集まるエコーチェンバーが生まれやすくなり、情報過多の中で認知バイアスバンドワゴン効果が働き、しかも負の感情に傾斜した情報の拡散が行われていく。

 

 フェイクニュースに対してファクトチェックをする非営利の第三者組織が活動をしていたり、GAFAに代表されるプラットフォーマーフェイクニュースを取り締まる(アカウントの閉鎖)取組みを進めてきている。今後はAIを使ったフェイクニュース対策も考えられなくもないが、しかし、私たちの消費する情報の取捨選択や適否をAIのアルゴリズムに委ねるというのも釈然としないものがある。AIのアルゴリズムに偏りがあったり、AI同士が協調・敵対することによってAI発のフェイクニュースが生成・拡散されていく可能性も否定できない。

 

 欧州においては、2018年4月、欧州委員会の政策文書の中で偽情報対策ののための行動規範(Code of Practice)の策定を求めた。これを受け、同年9月、グーグル、ツイッターフェイスブックモジラ等が行動規範に合意する旨の発表が行われた。本年1月、欧州委員会は各事業者の行動規範への取り組み状況をまとめた報告書を初めて公表した。この報告書は欧州議会選挙が行われる本年5月まで定期的に公表されることとなっている。また、本年末には行動規範の包括的な評価を行い、仮に取り組みが十分でないと認められる場合には法律による規制も含めた追加措置を行うことを示唆している。この他、欧州委員会は、スポンサー付きのコンテンツであることが容易に識別できる仕組み作り、ブロックチェーン等を活用したフェイクニュースや偽情報対策のための研究開発支援、ファクトチェックを行う組織を支援するためのデータやツールを提供するための公的なプラットフォームの構築、メディアリテラシー教育の充実に取り組むこととしている。フェイクニュース等を巡る議論はまだまだこれから本格的に進んでいくだろう。(本文中意見にわたる部分は筆者の個人的見解です)

 

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