タニワキコラム

デジタル政策について語ろう

フェイクニュース等を巡る議論

 

 欧米においては米大統領選、フランス大統領選、英国におけるEU離脱に関する国民投票など、様々な局面でフェイクニュース・偽情報が拡散し、国を二分するような大論争が生まれてきた。このため、欧米ではフェイクニュース等の発生あるいは拡散のメカニズムについて様々な観点から検討が加えられてきた。ところが、日本におけるフェイクニュース研究はまだ緒についたばかりだ。その背景として、英語などの汎用性の高い言語を使っている欧米に比べ、日本の場合は日本語環境の中で比較的フェイクニュースが発生する事案は限られているという議論をする向きもあった。しかし、サイバーセキュリティの議論においても、かつては日本は日本語環境に守られているために欧米ほどサイバー攻撃を受ける可能性は大きくないと言われることもあったが、現在、国内においても熾烈なサイバー攻撃が行われている。フェイクニュースも欧米と同様の深刻な状況になる可能性は十分あると考える方が適当だろう。

 

 笹原和俊氏(名古屋大学大学院情報学研究科講師)の著作「フェイクニュースを科学する」(2018年12月、化学同人刊)は、フェイクニュースについて海外の様々な研究グループの研究成果を引用しながら分析しており興味深い。笹原氏はフェイクニュースを情報生態系の問題としてとらえる必要があるとしている。すなわち、「情報生態系は情報の生産者と消費者がさまざまな利害関係の中でつながりあったネットワークを形成し、人々の興味関心、共感や偏見、経済的あるいは政治的な思惑、メディアやジャーナリズム、デジタルテクノロジーなど、さまざまな要因が絡みあって進化してい」るとみている。

 

 インターネットの黎明期には「みんなの意見は意外と正しい」ということが言われた。多くの意見をネット上で共有することで自ずと正しい意見に収斂していくというもので、ネット民主主義などといわれ、新時代の到来を思わせる高揚感すら感じられた。この時代と現代を比べると幾つかの大きな相違点があるだろう。

 

 第一に、ネット利用者の裾野が格段に広がったこと。ネット黎明期は技術的知識や知的関心の高い人たちがネット利用者の大半を占めていた。しかし現代においては先進国・途上国を問わず、また所得階層の区別なくネット利用が進み、またこれまでメディアでのみ伝えられていた情報がネットで容易に手に入るようになった。このため、大衆の怒り、恐れ、嫌悪といった負の感情がネット上にあふれることになってきた。第二に、ネット黎明期には掲示板やホームページなどの情報を一方的に利用者が閲覧するか、せいぜいメールによって限られた人たちの間で情報のやり取りが行われていた。しかし、現代はSNSによって不特定多数が相互につながり、同じような意見や考え方に対して賛同したり、異なる立場の見解を非難したりするプロセスが誰でもネット上で閲覧可能な状況になっている。第三に、ネット黎明期にはインターネット経由で得られる情報に限りがあったが、現代においては情報過多ともいえる状況が生まれ、供給される情報の消費が追いつかない状況になっていると言える。

 

 情報が過多であったり、情報が不十分な場合に勝手に補完したり過度に単純化したり、また、情報の消費に十分な時間がかけられないために短絡的あるいは合理的でない行動に結びつく可能性がある。また、自分の頭の中で記憶できる容量に限りがあるため、記憶を自分で編集したり過度に一般化してしまう。こうした特徴により、情報を正しく認知できず、バイアスが生じる。これが「認知バイアス」と呼ばれるものである。人は「見たいように見る」動物だとも言える。

 

 そして「自分の回りの多くの人たちがよいと言っているものはよいはずだ」といった同調圧力によるバンドワゴン効果も働く。その際、自分の周りの人たちというけれども、その周りの人たちは自分の考えに近い人たちが集まっているのであり、これがエコーチェンバー(反響室)効果と呼ばれるものになる。しかも、先ほど述べたように、怒り、恐れ、嫌悪といった負の感情はより大きな認知バイアスバンドワゴン効果を生みやすく、負の連鎖とでもいうべき動きが広まっていく可能性が高い。

 

 さらに、フィルターバブルがこうした状況に拍車をかける。フィルターバブルはインターネット活動家のイーライ・パリサーが著作「閉じこもるインターネット」(2012年2月、早川書房)の中で使った用語だが、検索エンジンなどを使っていくうちに一人ひとりの好みを検索エンジンが学習し、パーソナライズ化することで、各人にとって最も望ましい検索結果が表示されるようになる。これがフィルターバブルと呼ばれる現象であり、同じ用語を複数の人が同じ検索エンジンで検索しても検索結果が異なるのはパーソナライズ化のロジックが検索エンジンの中で動いているからに他ならない。そのため、先ほどのように考えの共通する人たちが集まるエコーチェンバーが生まれやすくなり、情報過多の中で認知バイアスバンドワゴン効果が働き、しかも負の感情に傾斜した情報の拡散が行われていく。

 

 フェイクニュースに対してファクトチェックをする非営利の第三者組織が活動をしていたり、GAFAに代表されるプラットフォーマーフェイクニュースを取り締まる(アカウントの閉鎖)取組みを進めてきている。今後はAIを使ったフェイクニュース対策も考えられなくもないが、しかし、私たちの消費する情報の取捨選択や適否をAIのアルゴリズムに委ねるというのも釈然としないものがある。AIのアルゴリズムに偏りがあったり、AI同士が協調・敵対することによってAI発のフェイクニュースが生成・拡散されていく可能性も否定できない。

 

 欧州においては、2018年4月、欧州委員会の政策文書の中で偽情報対策ののための行動規範(Code of Practice)の策定を求めた。これを受け、同年9月、グーグル、ツイッターフェイスブックモジラ等が行動規範に合意する旨の発表が行われた。本年1月、欧州委員会は各事業者の行動規範への取り組み状況をまとめた報告書を初めて公表した。この報告書は欧州議会選挙が行われる本年5月まで定期的に公表されることとなっている。また、本年末には行動規範の包括的な評価を行い、仮に取り組みが十分でないと認められる場合には法律による規制も含めた追加措置を行うことを示唆している。この他、欧州委員会は、スポンサー付きのコンテンツであることが容易に識別できる仕組み作り、ブロックチェーン等を活用したフェイクニュースや偽情報対策のための研究開発支援、ファクトチェックを行う組織を支援するためのデータやツールを提供するための公的なプラットフォームの構築、メディアリテラシー教育の充実に取り組むこととしている。フェイクニュース等を巡る議論はまだまだこれから本格的に進んでいくだろう。(本文中意見にわたる部分は筆者の個人的見解です)

 

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